2012/10/20

東京駅丸の内駅舎復原を支えた「4つの建材」の物語

工事着手から約5年の歳月をかけ、10月1日に保存・復原が完了した「東京駅丸の内駅舎」。1914年の創建時の姿を忠実に再現したほか、地下躯体の新設で安全面の機能強化も実現した。そこには施工を担当した鹿島・清水建設・鉄建JVの技術力とともに、メーカー各社の下支えがあった。素材の視点から技術を追った。


煉瓦の色調を念入りに合わせる
◇煉瓦の風合いに7年の歳月

 駅舎外装の象徴である化粧煉瓦(タイル)は通称「赤煉瓦」と呼ばれる。戦災で焼失した南北のドーム部分を含む3階部分の外壁には、LIXILグループの手によって約50万枚が提供された。現存する1、2階部分と違和感なく調和できるように、その風合いを出すために7年間もの歳月をかけて取り組んできた。
 製造協力工場のアカイタイル(愛知県常滑市)と連携し、検討を始めたのは2003年。試作品だけでも1万5000万枚を超える一大プロジェクトとなった。創建当時は化粧煉瓦の製造に品川白煉瓦や鳥居陶器製造所などメーカー5社が参加したため、原料や窯の焼成温度など生産条件の違いから微妙に風合いが異なっていた。
 窯業技術の進歩した現代では、色のばらつきを再現することが難しく、生産条件の設定が最大の課題だった。主原料は創建時と同じ知多半島産の赤土を使用。3つの条件で焼成したタイルをブレンドして当時の風合いを表現したという。本生産ではわずか2週間で50万枚を焼成した。

◇450の窓に木の風合い

 駅舎のほぼ全数に当たる450もの窓にサッシを提供したのは三協立山の三協アルミ社。創建当時の資料などを基に復原作業を進めてきた。大正時代は木製建具が主流であり、過去の文献をひも解き、新しく60型を起型し専用サッシを作成した。
 色合いはフッ素樹脂塗装で表面処理し、当時の木の風合いを再現した。設計した建築家・辰野金吾の作品として現存する岩手銀行を視察するなど、営業部門と生産部門が一体となって試行錯誤を繰り返した。採用されたサッシは両開窓324、上げ下げ窓126。窓を装飾するアルミ製鋳物も手掛けた。


人知れず鎮座する免震装置
◇駅舎支える免震技術

 駅舎は巨大地震にも耐えられるように、鉄骨煉瓦造の下には地下躯体を新設し、全体を免震化した。鹿島JVによると、日本最大規模の免震レトロフィット工事だという。ブリヂストンでは、直径800-1600mmの免震ゴム352基を納めた。東日本大震災以降、免震ニーズの高まりを受けて技術的な問い合わせが急増、東京駅舎への採用は普及のPR材料にもなると期待をのぞかせる。
 減衰効果を発揮させるため、免震装置と併用して158基のオイルダンパーも採用された。納入したカヤバシステムマシナリーにとっても、一度に100基以上まとめて収納するケースはなく、異例の規模となった。現場では設置高さに制約があり、低位置の場所でも施工しやすいように気をつけたという。


内部に設置された各種モニター
◇248型相当の大型モニター

 駅舎の内部空間に目を向けると、三菱電機が液晶マルチ大画面表示装置やLEDオーロラビジョンなどのデジタルサイネージ表示システムを納めた。北と南の両ドームに設置した248型相当の大型表示装置は55型モニターを横にして9面分つなげた初のケース。モニター前面でメンテナンスできるようにも配慮した。
 「即日完売だった」と説明するのは、駅舎復原に合わせ、駅舎や周辺の史跡を巡る計4コースの旅行ツアーを企画したびゅうトラベルサービス。2年前からジェイアール東日本建築設計事務所と組んだ建築ツアーを展開中だ。建築の歴史と価値を知る題材として東京駅丸の内駅舎は「最適であり、高いニーズがあった」と分析する。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!) 2012年10月17日 10面

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