建設産業界の日刊全国紙「建設通信新聞」
このブログの記事も、建設通信新聞が基本となっています。日本有数の建設専門クオリティーペーパーです。ぜひニュースサイトを訪ねてみて下さい。
まったく新しい建設情報サイト 「建設通信新聞Digital」
これまでの常識を覆す。建設関連情報統合サイトです。ニュースの全量配信、電子版、行政資料キャビネット、トップインタビューなど盛りだくさんの内容が詰まっています。
建設通信新聞社Facebook
言わずとしれたFacebook。ユーザー交流の場です。おたずね下さい。
建設通信新聞社発行の書籍群
建設通信新聞が発行している各種書籍です。『建設人ハンドブック2014年版 建築・土木界の時事解説』『建設業の安全衛生法令用語検索エンジン 用語の意味、適用条文、公示、告示、通達がわかる!』『建設業 社会保険未加入問題Q&A』などベストセラーも
建設工事の動きDigital
建設専門紙が本気でつくった工事データベース
2015/12/23
2015/12/20
2015/12/14
【シリーズ戦後70年】「旧来のしきたりからの決別」――“脱談合宣言”で大転換期へ
2005年11月の大手5社による入札談合など法律違反行為は一切行わないことの申し合わせ(5社合意)、06年4月の「透明性ある入札・契約制度に向けて--改革姿勢と提言」で打ち出した「旧来のしきたりからの決別」、いわゆる“脱談合宣言”は、発注者・コンサルタント・設計など建設産業界全体を巻き込んだ最大の転換点だった。指名競争から一般競争への大転換、小選挙区制移行、発注者を規制する官製談合防止法制定、営業停止と指名停止期間を発注者が大幅延長する中、改正独禁法と品確法が大転換を決断させた。静岡事件以降、さまざまな取り組みを進めてきた建設業界にとっても最後のチャンスだった。写真は2006年4月の土工協理事会・総会後の会見の様子。
2015/12/13
2015/12/07
【シリーズ戦後70年】建設業・夏の時代 産業行政への転換からバブル期へ
■バブルが問題意識を麻痺/業行政から産業行政に
建設省の業行政は静岡事件を契機に、指名競争入札を前提とした独占禁止法(独禁法)と建設業の商慣習との関係整理、建設産業近代化支援など多くの課題に直面していた。また当時の建設省幹部からの「もっと建設業課が評価されてしかるべき」との声を追い風に、83(昭和58)年4月に誕生したのが「建設業構造改善対策官」だった。翌84年には構造改善対策官を始め課長補佐が事務局を切り盛りする「建設産業ビジョン研究会」がスタートした。学識者や行政だけでなく業界関係者も参加しての市場分析を含めた産業ビジョンは、建設省だけでなく業界にとっても初めての取り組みであり、建設省にとっては産業行政への転換を打ち出したものとなった。
建設省の業行政は静岡事件を契機に、指名競争入札を前提とした独占禁止法(独禁法)と建設業の商慣習との関係整理、建設産業近代化支援など多くの課題に直面していた。また当時の建設省幹部からの「もっと建設業課が評価されてしかるべき」との声を追い風に、83(昭和58)年4月に誕生したのが「建設業構造改善対策官」だった。翌84年には構造改善対策官を始め課長補佐が事務局を切り盛りする「建設産業ビジョン研究会」がスタートした。学識者や行政だけでなく業界関係者も参加しての市場分析を含めた産業ビジョンは、建設省だけでなく業界にとっても初めての取り組みであり、建設省にとっては産業行政への転換を打ち出したものとなった。
2015/12/06
2015/12/05
2015/11/29
【シリーズ戦後70年】彰往考来・1945年建設省誕生 建設業法制定で産業拡大へ
戦後復興期、建設産業界にとって最も大きな出来事が2つある。1つは、1945(昭和20)年に誕生した戦災復興院、47(昭和22)年12月末の内務省解体廃止に伴って戦災復興院と内務省国土局によって行われてきた建設行政が、48(昭和23)年1月に統合される形で建設院として発足。さらに省への格上げの形で実現した建設省誕生(同年7月)だ。もう1つは翌年5月に成立、8月から施行された建設業法制定だった。建設省誕生は本格的な建設行政の始まりを、また建設業法制定は建設業が請負業として確立されたことを意味した。明確な所管官庁の誕生と業法によって、建設産業はその後大きく拡大していく。
写真は1961年の東京タワーとその周辺(日本民間放送連盟『民間放送十年史』1961年より)。
2015/11/23
【シリーズ戦後70年】彰往考来・成長から成熟へ [1]3つの転換点
戦後70年という節目の年である2015年も終わりを迎えようとしている。日本にとってこの70年は、戦後復興から高度成長期、安定成長期、低成長期という3つの成長期を経て現在に至る軌跡となる。この中で戦後復興から高度成長期の需要増を背景に国民所得に対する建設業の割合は、1950(昭和25)年度の4.1%から、63(昭和38)年度には7.2%まで拡大、75(昭和50)年度には国内総生産(GDP)の1割近くを建設業が占めるまで拡大した。一方で建設産業界はこの70年間、産業規模拡大の中、さまざまな転換点に直面してきた。この転換点は建設産業にどのような影響を与え、今と今後にどうつながっていくのか。
写真は自民党内の会議。行政の動きは今後、どうなっていくのか――。
















