2015/12/23

【シリーズ戦後70年】担い手3法施行、産業再生へ――見えぬ地方業界の動き


 戦後70年--。建設産業は、日本経済の成長と歩調を合わせる形で産業規模を拡大してきた。その間、その時代の問題解決へ幾多の政策が打ち出されたが、供給量と需要との乖離(かいり)、いわゆる需給ギャップが解消されず根本的な構造問題を抱え続けている。しかし今、人口減少に伴う担い手確保・育成、生産年齢人口減少とインフラ高齢化への対応、取り巻く環境や顧客自らの変革に伴う要求の変化を受けた生産性向上など、建設産業に対して変化を求める動きは、過去と比較してとてつもなく強い。大きな地殻変動の正体と今後を展望する。

◆ゼネコンと地方棲み分けを提起
 社会保険未加入対策、担い手3法施行を後押しした1つが、『建設産業政策2007』だ。ここで打ち出したのは、「意識」「経営」「市場」の3つの改革と、5つのC、すなわち「コンプライアンス(公正な競争基盤確立)」「チャレンジ(再編の取り組み促進)」「コンペティション(技術と経営による競争を促進するための入札・契約制度改革)」「コラボレーション(対等で透明性の高い建設生産システム構築)」「キャリア・ディベロップメント(ものづくり産業を支える人づくり)」だった。さらにこの前提として、「再編淘汰やむなし」を掲げた。
 当時、品確法と改正独禁法の施行と脱談合の取り組みが始まり、その過渡的現象として大規模工事から中小工事まで価格競争問題が表面化。そのため『2007』策定議論の段階で国土交通省幹部は、全国ゼネコンと地方建設業の「受注棲み分け」を提起した。しかしこの時、政府建設投資は06年度の17兆9000億円から07年度は16兆9000億円と落ち込んでいたこともあり、公共事業参入額を国交省が3億円まで引き下げることを打診しても、全国ゼネコンは首を縦に振らなかった。
 リーマン・ショック後の影響が鮮明に表れた09年度の元請完成工事高を見ると、前年度から6.3兆円減の45.5兆円、下請工事高は同4.8兆円減の28.3兆円。翌10年度の元請完成工事高は1.5兆円増の47兆円に対し、下請完成工事高は2.8兆円減の25.5兆円まで落ち込んだ。10年度に元請けの完工高が増加に転じた一方、下請完工高はさらに落ち込んだわけだ。
 この時、専門工事業界は受注単価の大幅下落と職人の大量離職を泣く泣く受け入れていた。すでに市場縮小による競争激化↓経営悪化↓賃金低下↓若年労働者確保難↓高齢化進行↓技能承継難という負の連鎖から個社の努力では抜け出せず、「いずれ業種ごとに消滅しかねない」という強い危機感を持ちながら打開への道筋が見えない構造的問題に直面していた。

◆専門工事業界発言力高まる
 しかし、専門工事業界が自らの苦境と危機感を国交省に理解してもらうことは、専門工事業自体の問題も浮き彫りにしなければならなかった。元請けは、かつての本来業務だった総括管理と施工管理、施工のうち、今では総括管理だけを行い、下請けが施工管理と施工を担う。ただし、職人を手放した1次下請けは施工管理だけを行い、施工は2次以下の下請けに任せる重層化に拍車がかかっているという事実だ。
 『2007』を具体化させた『建設産業戦略2011』公表前の11年6月、ある団体総会で国交省幹部は、「(元請けの)売上げが半分になっても粗利率(売上高総利益率)が90年度と比較して高いのは完成工事原価を抑えているのが理由。外注費など労務費を抑えたのは明白だ」と断言。さらに「この20年間、外注費を抑えたことが、一人親方や重層化のひずみ、地域のひずみにつながった」と鋭く分析した。
 一方、厚生労働省も労働行政の視点で今後労働力が減少する中、技能労働者不足による建設業衰退の懸念を持っていた。この時、厚労省は労働力が30年には10年比で845万人減少する試算を公表。実際に新規学校卒業就職者に占める建設業就職者の割合が96年度の8.2%から11年度には4.9%と半減近くまで落ち込み、若年者の確保難が浮き彫りになっていた。

◆元請各社が独自戦略を描く理由
 こうした強い危機感を発端とし、社会保険加入や単価アップといった処遇改善など建設業界での担い手確保・育成へ向けた取り組みをより具体化させるため、自民党も13年11月に佐藤信秋参院議員を座長に品確法改正へ向けた議論をスタート。最終的には品確法と建設業法、入契法を一体的に改正する、担い手3法施行と、地方自治体含む全公共発注機関向けの運用指針策定につながった。
 こうした行政側の動きに呼応し、全国ゼネコンが加盟する日本建設業連合会も『長期ビジョン』を公表、官民挙げて担い手確保・育成へ向けた取り組み施策を一つひとつ着実に進めようとしていることを横目に、個社は独自の戦略を描こうとしている。なぜか。
 20年東京五輪後、急激に市場は減少しなくても、市場構造は確実に変わるが国内の建設市場そのものが今後20年、30年後に増えることはないという見方で一致しているからだ。
 個社それぞれが、顧客の要求に応え、さらなる提案で信頼を確保するために、生産システムの再構築を協力会社と一体となって取り組むことで、それぞれの規模に応じた供給力をいかに維持し、1人当たりの売り上げ高(付加価値額)を上げるか。まさに、その一点に集中していると言える。ただ建設業界にはまだ課題がある。全国展開する企業群が、個社それぞれの戦略でさまざまな取り組みを進めている一方、中小企業が大半の地方業界の動きがまだ見えない点だ。
 ある業界関係者は、明確な中小企業政策がないことに対し、政策目標ごとに独立した政策手段が必要と説く「ティンバーゲンの定理」を引き合いに、「行政は棲み分けというが、中小企業向け政策を明確にしなければ、地方業界は今後厳しい局面を迎えかねない」と警鐘を鳴らす。
 景気が回復し雇用統計上、雇用維持政策が今後取りにくいことと、人口減による過疎化と大都市への人口集中によって、雇用維持の名目も立ちにくい。また企業数が多い供給過剰の中で、企業が破たんしても周辺企業が雇用の受け皿になれば問題ないとの論理があるからだ。
 建設産業界という大括りで、今後の動向を議論する時代は確実に終わりつつある。     (おわり)

■明日への提言・建設業振興基金の内田俊一理事長 

【地方建設業、問われる役割 かぎは「品質」「選んでもらう」】
 一般競争入札で品質確保を担保するためには、発注者によるチェックシステムと、設計変更がきちんと認められるという、2つの実現が必要だ。これまで建設業は割に合わないが「男気」で品質を確保してきた。それが今は通用しないことが理由だ。そもそも今、現場では▽信頼の共有ができない▽失敗の共有ができない▽外注が多い--という中で、人がモノをつくっているということを忘れている。そのためにも今後、信頼の再構築が必要となる。
 品質確保のための信頼の再構築と並んでもう1つ大事なことは、人を取り戻し育てるいわゆる人材確保・育成だ。強調したいのは、今の人手不足と今後の人手不足は、まったく質が違うということ。これからの人手不足は、賃金を上げればいいという問題ではない。建設業で若年者が減少していることに対し、今は55歳以上の就労人口が下支えしているから成り立っている。若年者の就労人口減少問題はいずれ一気に浮上する。つまり今後の大事なキーワードは、“品質”と“人から(建設業を)選んでもらう”という2点に尽きる。
 雇用の場としての役割が期待される地方建設業は今後もあるだろうが、労働者不足が顕著な中、中小企業支援は当然ということにはならない。だから役割が期待される建設業には、処遇はもちろんのこと、技術・技能を身につけ、生きがいを感じ働き続けられる企業であるかどうかが今後問われる。
 また、国交省に対しては今後、こうしたデータの分析をして新たな産業ビジョンをつくってほしい。

■明日への提言・『建設産業政策2007』『建設産業の再生と発展のための方策2011』『同2012』策定議論でいずれも座長を務めた、大森文彦弁護士・東洋大教授

【正確に「伝える」努力を 政策は中立公平、徐々に進める】
 座長として気をつけたのは、事実は何か、現状を正確に把握すること。さらに問題点を把握することが最も重要なことで、その上でいかに中立公平な策を打ち出すかということだった。ただ、中立公平というのは、やさしそうで意外と難しい。何かをしようとすると別の問題が出てくるからだ。だから、いきなり何かを変えるのは正しくない。正しい方向へ無理をしないで、徐々に進めることが大事なのだ。
 例えば、問題が100あるとすれば、3から40はスピード感を持って対処する。また、同じく3から40は慎重にやらなければハレーションを起こし、かえって問題になる。残る3から40は時代によってやれる。これが物事を 決める基本だ。『2007』は基本的な 考え方と方向性を出し、その具体策が『2001』と『2012』として 産業政策を示した。
 時代とともに変わるものと、変わらないものがある。建設行為はなくてはならない人間生活の本質だが、建設業や、これを生業とする人々、政策は時代とともに変わるものだ。だから必要なのは「必要ない」と言われない産業になることであり、国民に認められない産業ではだめだ。建設業が廃れて困るのは国民だが、そのことが伝わっていない。(正確に)伝えていないことが問題だ。建設業団体はさまざまな機会をとらえて積極的に「伝える」ことが求められている。
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