2016/10/10

【けんちくのチカラ】細部まで隙なくこだわるヴォーリズの空間 映画監督・三島有紀子さんと「スコットホール」


 映画監督の三島有紀子さんは、大切なことを守りながらひたむきに生きる人たちを描いた代表作『繕い裁つ人』(2015年)に続き、新境地ともいえる「生と死」をテーマに、湊かなえさん原作の『少女』を映画化した。原作で「夜の綱渡り」と表現される17歳の少女たちの闇を描いた作品だ。映画での少女たちの闇は、「死」を考えることをきっかけに、その対岸にある「生」の実感を探る旅のようなものだと三島さんは話す。このモチーフは4歳のときに父と見た映画『赤い靴』に通じる。バレリーナのやり切れない自殺が描かれ衝撃を受けるが、自殺という「選択肢」を持つ人間に、逆説的に生きる希望を見出したという。この体験が三島さんの作品を貫く「生への実感」の原点になった。そして映像表現では大好きな建築空間を重視する。『少女』の冒頭で使われる「スコットホール」(東京・西早稲田)もこだわり抜いて選んだ。敬愛するウィリアム・メレル・ヴォーリズの作品だ。

映画撮影時の内部空間。アーチ型の舞台は珍しい。最新作『少女』で
「生」と「死」を意識させるファーストシーンに使った重要な空間だ

 「スコットホール」は、国際的視野に立つ人材育成を目指して、米宣教師によって1908年に設立された早稲田奉仕園のメーン施設。現在は早稲田教会の礼拝堂のほか、コンサート、会議、ドラマロケなどに使われている。
 映画ではとても重要なファーストシーンで使われた。「子供なんてみんな、試験管で作ればいい…」と、出演する女子高生全員で遺書を読み上げるシーンである。
 「舞台は女子高という設定にしたので壇上のあるどこかの体育館で撮ろうという話になりました。でも、規律正しいクリスチャンの女子高生という設定、17歳の少女たちの心の叫びとして演劇的に全員で遺書を読み上げる場、この中のだれかがこのあと死ぬかも知れないというミステリーの始まりとして演出をしたかったので、インパクトの強い空間がほしかったんです。それで敢えて生きることを希求する教会の礼拝堂を選択しました。そこで遺書を読むことが、彼女たちの反骨精神というか、叫びを表現するのにふさわしいと思ったんです」

『少女』の映画ポスターはスコットホールで撮った(c)2016「少女」製作委員会

 スコットホールは行ったことはなかったが、資料では知っていて、いつか使ってみたいと思っていたという。『少女』の撮影では、いろいろ候補を挙げて検討して、ぎりぎりで決まった。
 「学校の講堂という設定で使わせていただきました。ほかの校内のシーンは愛知県の豊橋市公会堂や桜川高校で撮っています。どちらもほんとうに素晴らしい建物です」

赤レンガ造のスコットホール外観。東京都の歴史的建造物に指定されている

 スコットホールはヴォーリズが設計原案を描いた。
 「私は小さいころから、建築が大好きだった父と一緒に、自宅の大阪から神戸に出かけていろいろな建物を見ました。美術館に行っても絵画を見るだけでなく建築を見てくるんです。父が関西学院大学のフェンシング部の監督を務めていたので、関学もよく行きましたが、このキャンパス設計がヴォーリズだと聞いています。子どもだったのではっきりとは覚えていませんが、何となく父がヴォーリズと言っていたような記憶があります。これがヴォーリズとの出会いだと思います」
 そして縁があって、大学は同じヴォーリズがキャンパスを設計した神戸女学院大学に進んだ。
 「1年生の時、キャンパスで校舎までご一緒させていただいたキリスト教学の先生が『君たちは毎日芸術の中で勉強しているんですよ。なぜなら、この学び舎こそが芸術作品なのだから』とふとおっしゃいました。その一言を聞いてから、私は、空間を感じながら勉強するようになったんです。そして、建築をデザインする人も大事だけれども、それを実際につくる職人さんたちの技術もとても大事だと考えています。技術は短期間では身につきませんし、技術の継承もあります。その歴史が建築の空間をつくっているということですね。映画も同じで、撮影、照明、美術、衣装などそれぞれの歴史ある技術の結集です。建築家や監督はそれを1つの世界観として統合する仕事だと思います」
 大学キャンパスでヴォーリズの建築作品を見上げて、いつか自分もこんな素晴らしい芸術作品をつくりたいと思っていたという。

故人の父・清春さんと建築を見学中のワンショット。父が撮影した(3歳くらい)

 「ヴォーリズの建築を見て思うのは、細部にまで神経が行き届いていて、世界観に崩れる隙がないということです。私もできる限り細部までしっかりと描きたいと思います。それがヴォーリズの建築から学んだことの1つかもしれません。映画では、例えば学校にどういう建築を使うかで印象、伝える意図が全然違ってきます。持ち物一つでも人物のキャラクターが変わってきます。『少女』の本田翼さんが使う筆箱は、真鍮でつくってもらったんですよ。スコットホールを使わせていただいたのは、素晴らしい意匠、空間ももちろんですが、歴史があるということがとても重要だと思っています。歴史は人工的につくれません。伝統ある女子高ということを表現するには現実に歴史がある建物が必要だと思っています。そして私の考えを伝えてくれる空間がスコットホールだったのです」

 (みしま・ゆきこ)大阪市出身。18歳からインディーズ映画を撮り始め、神戸女学院大学卒業後にNHK入局。「NHKスペシャル」「トップランナー」など数多くのドキュメンタリーを企画・監督、キャリアを積む。2003年に劇映画を撮るために独立。助監督をやりながらオリジナル脚本を書き続け、09年に『刺青~匂ひ月のごとく~』で映画監督デビューを果たす。その後も『しあわせのパン』(12年)、『ぶどうのなみだ』(14年)とオリジナル脚本・監督で作品を発表。『ぶどうのなみだ』は第38回モントリオール世界映画祭のワールド・グレイツ部門に招待され、世界的に高い評価を得た。15年に公開した『繕い裁つ人』は、大切なことを守りながらひたむきに生きる人たちを美しい映像とともに描いた感動作にして代表作に。また、近年はWOWOWのダークミステリー『硝子の葦』(原作・桜木紫乃)、ダメな中年サラリーマンが主人公の短編『オヤジファイト』など次々と新境地を開拓。17年には、ステップファミリーの父親の姿を描いた『幼な子われらに生まれ』が公開予定。
 最新作『少女』が8日、全国ロードショー公開。

■建築概要 心地良さと「様式美+新しさ」 大阪芸術大学教授 山形政昭さんに聞く
 映画監督の三島有紀子さんがその建築から多くの影響を受けたという母校の神戸女学院大学は、キャンパス全体がヴォーリズの設計だ。2014年にヴォーリズ設計のすべての建物12棟が重要文化財に指定された。
 ヴォーリズ研究の第一人者の山形政昭大阪芸術大学教授は「ミッション系の女子校、女子大学の設計が多く、卒業した女性はヴォーリズの建物で学んだと口にされますね。ほかの学校では設計者の名前を伝えることはほとんどないと思います。建物の情景と一緒に学生時代の思い出を記憶しているのですね」と話す。
 住宅について1923年に出版された『吾家の設計』という著書がある。
 「米国のプロテスタンティズムの考え方もあると思われますが、合理的で健康で、良い趣味を持つ生活をするためにはどういう設計をすべきかを分かりやすく書いています。ヴォーリズにとっての学校は実は住宅の延長線上にあるんです。先生も生徒も長時間過ごす場所ですから、居心地の良さが第一という考え方です。加えて、伝統的な様式をベースにしています。スパニッシュスタイル、ロマネスクスタイルなどを好んでいて、様式そのものではなく、そこに時代を取り込むことで、新しくて持続性のある設計になっています」
 細部のこだわりとしては関西学院大学の白い塗り壁(現在はクリーム色)は、微妙な陰影が美しく、窓は絶妙なバランスで配置されている。神戸女学院の設計に際しては「ハーモニーを追求した」と記しているという。
 スコットホールは「ヴォーリズの原案が残っています。竣工した後に、日本基督教団大阪教会を設計しているのですが、これが煉瓦造りでスコットホールとよく似ていて、比較するととても興味深いものがあります」と話す。

■建築ファイル
▽名称=スコットホール(名称は建築資金を寄付したJ.E.スコット夫人の名前に由来)
▽管理・運営=公益財団法人早稲田奉仕園(米国宣教師のH.B.ベニンホフが創設。ベニンホフは1908年、キリスト教主義の早稲田大学男子学生寮・友愛学舎を建設し、その後学生センターを計画し、中心施設としてスコットホールをつくった)
▽所在地=東京都新宿区西早稲田2-3-1
▽設計=W.M.ヴォーリズが設計原案、内藤多仲が施工監理、今井兼次が設計を担当した
▽施工=竹田米吉店
▽構造・規模=煉瓦造、屋根床木造地下1階地上3階建て延べ2065㎡
▽完成=1921年
▽用途=早稲田教会の礼拝堂のほか、音楽コンサート、会議、ドラマ・CM撮影などに使われている。定員200人
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