2014/03/02

【佐藤直良のぐるり現場探訪】鹿野川ダム/トンネル洪水吐新設工事

【ダム再生技術の向上に寄与/清水建設・安藤ハザマJV】
 槌音が鳴り響く現場。そこには、地域住民や利用者のため、そして家族のため、額に汗しながら、晴れの日も雨の日も黙々と働く人たちがいる。過酷な条件の下、意地と誇りをかけて工事に挑んでいる彼らの名が世に知れ渡ることはない。この企画では、そんな彼らに光を当てる。リポーターは前国土交通事務次官の佐藤直良氏(日本大学客員教授)。全国の現場を訪ね、そこで働く人たちへのインタビューを通して現場最前線に従事する建設人の熱き思いを随時伝えてもらう。
 冬の陽が輝き放つ中、愛媛県大洲市街から過去何度も通った肱(ひじ)川沿いの眼の前に鹿野川(かのがわ)ダムの勇姿が見えてきた。古来より幾度となく肱川の氾濫により大きな洪水被害に見まわれた大洲盆地。1995年には浸水戸数約1200戸。それ以降も被害が続き、近年では、2011年9月の台風15号で約150戸が浸水した。59年に完成した鹿野川ダムは約50年間、愛媛県により管理されていたが、今その改造事業が国土交通省直轄事業としてピークを迎えている。

下流側から見た現場全景
事業の目的はいたって明瞭だ。ダム高を変えることなく容量配分を変更し、現在のダムより洪水調節容量を1.4倍に増加させるとともに、新たに河川環境容量を確保することである。04年5月に策定された肱川水系河川整備計画では、戦後最大規模の洪水を処理するため、河道の能力向上とともに上流での鹿野川ダム改造、山鳥坂ダム建設が盛り込まれている。
 わが国のインフラ輸出が強く叫ばれる昨今、ダムを始めとする大型インフラ工事は、特に価格面での競争力などから中国・韓国勢の後塵を拝することが目立ってきた。
 また、世界銀行などの借款もダム新設に対して以前より厳しい状況になっている。
 その一方で、アジア・アフリカ地域を中心に水力エネルギー開発・水資源開発と洪水調節の需要はより高まってきているといっても過言ではない。
 これらをトータルに勘案すると既設ダムの再開発による機能向上が脚光を浴びるのは必然であろう。
 既設ダムの診断を含めたダム開発技術はおそらく日本が飛び抜けて優位性を維持しており、今回の鹿野川ダム改造事業も鹿児島県内で実施されている鶴田ダム再開発などとともにわが国のダム土木技術の向上に大きく寄与するものと確信している。
 筆者が河川局長時代、個別のダム再開発に当たり、施工時のさまざまな工夫・技術的あい路の克服など現場で培われた技術を単に当該施工業者と現場の地方整備局事務所のみのものとせず、オールジャパンのものとする枠組みを指示したところであり、これら工事の国内での蓄積が今後海外でのダム改造事業に生かされるものと期待している。
 なお、諸外国も問題意識を持ち、日本の実情を調査しているとの情報もあり、今後わが国固有の競争力を有する技術として、情報管理も含めた全体マネジメントが課題である。

工事の説明を受ける筆者(右)
◆使命感に燃える土木屋の魂
 現場で感じたのは以下の3点である。
1・活気あふれた緊張感が随所にみられる。
2・発注者、元請け、専門業者のチームワークがとれている。
3・特に清水建設は鹿野川ダムの元施工業者でもあり、地元との共存はもとより、誇りを持った使命感が感じられた。
 胸を打たれたのは、筆者が訪問する前に清水建設元副社長の上野晃司氏が現場を訪ねられたことである。上野氏が入社早々の若い頃、鹿野川ダム建設現場に配属され、コンクリート打設を担当した。上野氏は現在の現場の所長たちに「しっかりやってくれ。改造工事が完成したらまた来る」と激励したそうだ。この言葉の中に土木技術者の誇りと使命感、そして後輩に期待するやさしい想いが強烈に感じられた。

◇親の背中を子供が見ている
 今回の訪問で3人の方々の話を伺う機会が得られた。この現場の所長で、今回が6つ目のダム現場となる清水建設の芳岡良一氏(53歳)、祖父、父親と親子3代トンネル屋の山崎建設の渡邉達也氏(59歳)、過去に不動建設に在籍していた横山基礎工事の廣田泰幸氏(54歳)。
 芳岡氏は穏やかで懐の深い印象を受けた。渡邉氏と廣田氏に共通するのは、口数が少ないがまさに現場の最前線のプロといった印象である。
 なぜ土木屋になったのかを尋ねたところ、芳岡氏は「父親が建築設備関係の職人で、北海道だったため、冬は本州に出稼ぎに行っていた。その姿を子供心に『すごいな』と感じ、建築を目指したが『もっと大きなものを』との志で土木屋になった」という。なお、娘さんは建築学科の学生である。
 渡邉氏は「トンネル屋であった父親の関係で小さいときから飯場暮らし。学校卒業後は親の仕事が嫌で別世界に就職したが、結局親と同じトンネル屋になった」、廣田氏は「デスクワークより外の仕事、そして何よりも造ったものが後々まで残る仕事ということで土木の道に進んだ」とのこと。
 特に芳岡氏、渡邉氏の言葉から「親の背中を子供が見ている」という言葉を実感させられた。
 印象に残っている現場では、芳岡氏が新潟県発注の広神ダム建設工事を挙げた。施工の最盛期の中、04年10月に中越地震が発生し、幸いにもダム現場は問題なかったが、国交省の依頼で山古志村の河道閉塞(へいそく)対応に従事したとのこと。機械の搬入が困難を極め、無人化機械も導入するなど、緊急対応に全力を注いだ。
 渡邉氏は、和歌山の将軍川線のトンネル工事で、山奥の電気のない中、発電機対応で苦労を重ねながら、長さ約1000mのトンネルを掘り上げた。廣田氏は、不動建設時代に携わった、東海環状道路関連の愛知県瀬戸市の現場を挙げ、明かりの発破工事での地元対応で相当の苦労をしたとのこと。
 3氏の話を聞き、現場条件が悪い中、あるいは都市部でも、さらには危機的状況下でも使命感に燃え、黙々と仕事をこなしてきた土木屋の魂に心が打たれた。

左から渡邉氏、廣田氏、芳岡氏、筆者
◇先輩の仕事で後輩が育つ
 尊敬する人物との問いに対し、芳岡氏は「松田潤一郎氏」を挙げた。若い頃、栃木県内の塩田調節池の仕事の際の現場所長で、当時芳岡氏は所長より3つ位下の立場だった。「ある仕事を任されるなど、急所を押えた人の使い方を身をもって教えられ、そういう所長になりたい」という。
 渡邉氏は2人の名を挙げた。1人は「父親」で、「子供時代から父親の苦労を見てきた。頑固でよく酒を飲んだが、仕事には全力で当たっていた」。もう1人は「元熊谷組の岡孝氏」。奈良県の大滝ダム建設工事のJV現場所長で、「専門業者として参画したが、岡所長は下請けも含めて約400人の名前をほとんど覚えており、現場で名前で呼んでくれた人」と振り返った。
 2人の言葉から「先輩の仕事ぶりを見て後輩が育つ」という言葉が思い浮かんだ。特に現場では昔も今もこの姿は不変である。

◇課題は皆の努力で解決
 最後に現場で心掛けていることはとの問いに対し、現場所長の立場から芳岡氏は「エキスパートの専門業者の方々と一緒に安全に良いものを早く仕上げる。その際、現場の声を吸い上げ、上から目線ではなく、一緒に考えること」と答え、専門業者の立場からは「元請けも下請けもない。全員で取り組む。専門業者のスキルに足らないものを元請けがフォローしてくれている」との回答があった。
 戦後直轄から請負に切り換わり、甲乙対等あるいは元下関係の改善など建設業界全体で取り組んできたところだが、未だ道半ばの感がある。また昨今、世の中ともすれば契約の問題が数多く提起されることが多い。しかしながら、この現場では発注者、元請け、専門業者いずれもまさに世の中良し、発注者良し、業者良しの「三方良し」の世界を実践している。
 古くて新しい言葉だが、現場の課題を一つひとつ皆の努力で解決していくことが、わが国建設業界の発展につながり、それを反映した入札契約制度を確立するのが肝要であると再認識した。

LIBRA-S工法で仮設された工事用構台
◆工事内容
 鹿野川ダム改造事業は、振替後の容量を有効に活用するため、トンネル洪水吐きの新設などを通じた洪水調節機能の向上、併せて曝気底泥の除去などによる貯水池の水質改善を目的としている。今回訪問したのは、改造事業のメーンとなる「トンネル洪水吐新設工事」。ダム堤体右岸側直近に長さ約450mのトンネルを築造する工事で、清水建設・安藤ハザマJVの施工で16年の完成を目指している。進捗率は31%(13年12月末時点)。
 工事は大きく分けて2つの工区から成り立っている。1つは下流部吐口から順次上流への機械および発破掘削によるトンネル工、あと1つの工区は「LIBRA-S工法」により仮設構台を設置し、貯水池運用を図りながら貯水池からトンネルへの呑口と流入水路を施工するものである。
 専門工事業として前者には山崎建設、後者には横山基礎工事(本社・兵庫県佐用町)が参画している。

◆工事の着目点
 現場訪問時、全体で元請け22人、専門業者60人から70人体制で施工していた。そのうちトンネル工区は、ダム堤体直近工事である。元来ダム付近の岩質は良好だが、貯水池を運用しながら、すなわち高水圧の貯水池直近工事という条件下のため、掘削時などの漏水が一番留意する点であり、トンネルへの水の電気伝導度を調査しながらの掘削となる。
 特に注目したのが下流90m区間の鉄管内巻き工事である。周辺の地下水位が低いため、コンクリート覆工の内側に鉄管(ステンレスクラット鉄管)を巻き立てる。その内径は11.5mでトンネル内に運び込まれ、巻き立てられる予定だ。緊張感あふれ、活気ある現場との感を強く持った。
 一方、ダム湖に仮設する構台の設置工事は冬場水面下15mでのダイバー作業をより軽減するため、水面より上の構台上で部材をユニット化した上で水中に降し、ダイバーはボルト締め付け作業のみを行うもので、このLIBRA-S工法は横山基礎工事の保有する技術をベースに全体の工法を清水建設と横山基礎工事で実験も行った上で開発した。
 ダイバーの仕事の時間短縮により安全性と工期短縮を図るもので、鹿児島県の鶴田ダムと同様に、大水深下での工事を余儀なくされる貯水池運用下でのダム改造工事では特筆される技術である。
 夕暮れ時の構台工事現場は対岸のホテル鹿野川荘の穏やかな雰囲気とは対照的に張り詰めた空気できびきびとした仕事ぶりであった。

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