2015/04/11

【佐藤直良のぐるり現場探訪】働き手の「顔」見える現場づくり 網走法務総合庁舎新営工事

今回訪ねたのは、北海道網走市にある網走法務総合庁舎の現場である。法務省からの支出委任を受けた国土交通省北海道開発局営繕部発注による老朽化した既存施設の建て替え工事で、通常の執務が行われている既存庁舎と同じ敷地内に新庁舎を建設する。建築工事は渡辺組、電気設備工事は電建、機械設備工事は池田煖房工業が担っている。いずれも地元企業であり、渡辺組は創業1906年の建設会社である。なお国交省官房官庁営繕部と各出先機関の営繕部では国関係の各省の庁舎建設を手掛けるとともに、維持管理に関係する指導などを行っている。特に2014年3月19日にはBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)ガイドラインの策定、同年10月9日には日本建設業連合会建築本部との意見交換会の発足など最近の活躍は目覚ましいものがある。

 女満別空港からオホーツク海に向かって車で30分ほど走った所に現場がある。周辺には一般住宅や裁判所、中学校、高校などがあり、文教地区を形成している。網走の高台に位置し、冬季には風が強く、オホーツク沿岸部特有の厳しい気候の地域にある。

◆自然に調和した施設づくり
 今回の工事は、RC造2階建て延べ約1200㎡の新庁舎建設と旧庁舎取り壊しである。入居官署は検察庁関係の出先機関。開発局営繕部は道内で数多くの施設を手掛けてきた。その経験を生かし、新庁舎は「オホーツクのきびしい自然の中でやさしく暖かみのある施設」をコンセプトとしている。

配管の説明を受ける筆者(左)
来庁者が利用するスペースの仕上げに道産木材を積極的に活用しているほか、外断熱、断熱サッシを採用して高断熱高気密化を実現するとともに、歩行空間が雪に埋もれないよう出入口にカバードウオークを配置、さらに屋上には太陽光パネルを設置し、停電時には非常用電源として活用するなど、自然環境に即した施設づくりが行われていた。場の条件を十分勘案し、利用者の立場に立った設計思想にあふれている。「日本の住宅は夏を基本とすべしというのが通例だが、北海道は冬を基準に考える」とのことだ。

◆近隣住民との距離縮める
 最も印象的であったのが、『工事だより』である。近隣に住宅地があることから、工事に対する理解と協力を得ることを目的に、月に1回のペースで近隣住民向けに発行している。発行元は網走法務総合庁舎建設工事関係者連絡会議。今月の工事予定や工事の全体概要から今の進捗状況、トピックスなどが写真を交えて分かりやすく書かれており、特筆すべきは、工事関係者の顔写真入りの「プロフィール紹介」が掲載されている点である。
 この工事では元請3社のみならず、多くの協力会社の人たちが働いている。働く人一人ひとりの氏名や所属、職種に加え、出身地や好物も紹介し、近隣住民との距離を縮めようと努力している。反応は良好で、住民の方から「こんにちは」「お疲れさまです」と声をかけられるようになったとのこと。地元に根を張った企業の心意気が感じられる工夫であり、働く人が主役という企業の姿勢が感じ取られた。
 例えば、民間マンションの建築・設備などのリニューアル工事では、マンション住民が「住みながら」の工事となる。今回の工事と同様に現場で働く人の顔写真、プロフィールを玄関脇に貼りだし、あいさつや服装・身だしなみ、現場の清潔性向上を徹底的に励行すれば、建設に対する一般の人たちの見方が間違いなく変わっていくはずである。農業分野では、「生産者の顔」を見せること、あるいは食肉のトレーサビリティーにより消費者に安心を与える活動が盛んに行われている。建設分野でも現場の見える化の一環でこのような取り組みが拡大され、標準モデルとなることを切に願っている。

◆ながら工事に即した工夫

屋上で渡辺社長(左)に説明を受ける筆者(右)
今回の現場は、「既存庁舎で執務しながら」の建設工事であることが大きな特長であった。そのためのさまざまな工夫がなされていたのを見ることができた。

○歩行者の安全確保
 通行量の多いバス通りに面したエリアでは、歩行者の安全確保、交通事故防止対策として、光・音声で注意を促すセンサー付き電子音声警報器を設置するとともに、歩行者の滑り防止のための砂や融雪剤を配置していた。

○騒音・振動対策
 騒音計・振動計の導入、建物一面へ防音パネルの張付け、超低騒音型の機材の使用など、住民目線の観点から考えられた施策を行っていた。

○建物用途に合わせた配慮
 網走地方検察庁が入居する建物であることにも配慮し、目隠しパネルや夜間センサー照明を設置したことや、執務中の既存庁舎面はパネル壁ではなくネットを使用し通風、採光を良くするなど、「執務しながら」工事ならではの工夫があった。
 さらには、働く人のヘルメットにも色分けの工夫が凝らされていた。建築が青色、電気設備が黄色、機械設備が緑色。現場で何をやる人か一目で判るようになっていた。雪国ならではの苦労は、機械、電気設備の配管埋設時の凍結深度に対する注意である。網走地区の凍結深度は1200mm以上。給水、排水管も深く掘って敷設している。

◆地元企業ならではの連携力
 この現場は、3社の元請会社が共同で1つの現場を運営している。渡辺組の渡辺博行社長、八巻隆幸取締役建築部長、小林一見執行役員営業部長、現場代理人である外崎健二建築部建築課長補佐、伊原諒建築部技術係、電建の山崎敬裕美幌支店電設工事部主任、池田煖房工業の本田祐嗣工事統括部工事部第一課工事主任の皆さんから話をうかがった。
 建築工事は一般的に狭い範囲内で複数の工種が同時並行で進められる。当日も内装、電気設備、機械設備の工事が行われていた。この点に関してトラブルの有無を尋ねたところ、「現場事務所を一緒にし、十分な意見交換ができる環境にある。工程に関してはお互いの要望を率直に出し合い議論しており、トラブルは一切ない」「この3社で仕事をしたことはないが、さまざまな現場でよく顔を合わせるメンバーなので、意思疎通にはまったく問題がない」とのこと。
 「安全に留意し良いものを造ろう」という共通目標の下、渡辺組の外崎代理人が音頭をとり、3社横並びで一緒に運営するという意識を皆さんが持っていたことに、地元の建設業の方々の誇りと使命感を強く感じた。
 工事の監督を担当するのは、札幌勤務の平賀恵太開発局営繕部保全指導・監督室営繕監督官だ。札幌~網走間は鉄道で5時間半と聞き、受発注者間の意思疎通を心配したが、ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)で調整を行っているとのこと。ICT(情報通信技術)の活用が現場の効率化に大きく寄与している。

◆悩みは新規入職者不足 建設業界全体に通じる問題点

渡辺組・渡辺博行社長
渡辺社長に現在の悩みを聞いたところ、新規入職者が少ないことを挙げた。これは建設業界全体の問題にも通じる点である。いわゆる「3K」と言われる建設現場に対する悪いイメージが定着してしまっているという。週休二日制や定時退社の奨励など、労働環境の改善に対する取り組みを行っているものの、冬場は工事が進まないという積雪地帯特有の事情もあり、現場では非常に苦労されていたのが印象的であった。この点に関しては、現場のみならず国、地方自治体も一緒になり、現場の労働環境改善、労働者の地位向上に向け、地域の実情を十分勘案した柔軟な対応を取る必要性があると改めて強く感じた。

北海道を愛する皆さん
この国、地域の未来、そして人々の生活のため、誇りを持って額に汗しながら黙々と仕事に励んできた「建設の世界」。引き続きこの気持ちを働く人が持ち続けるためにも、まず自分の子どもを建設業界へ入れたくなるような業界にしていかなければ、この業界の未来はないと筆者は常日ごろ思っている。今回の現場に携わる方々には、ぜひ今後とも、その役目を担ってもらえると大きな期待を寄せている。

■ひとこと「習うより慣れろ」
 建築工事は躯体、内装、電気設備、機械設備など多くの工種によって成り立っている。狭い空間でさまざまな工種を同時並行に手掛けなければならない。そのため、大手建設会社のみならず、地場の建設会社でもBIMの導入が進みつつある。筆者のよく知る地場の会社でも、社長に導入を助言したところ、1年後に若手社員が一応、中層ビルの3次元設計までできるようになったという。講習も受けず、ともかく試行錯誤を繰り返しながら、習熟したとのこと。年を取ると、新しいシステムの導入に当たって、若手に対してすぐ講習会へ行け、との風潮がみられる。パソコン導入時もそうであった。多くの人は自分で悪戦苦闘してパソコンを使いこなしている。BIMやCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)も同じ。まず大事なのは、「習うより慣れろ」である。

(14年11月12日取材、日本建設情報総合センター顧問・佐藤直良)
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら

0 コメント :

コメントを投稿