2016/07/09

【けんちくのチカラ】スーパーヒーローの秘密基地!? メディアクリエイター・ハイロックさんが惚れた「廊の家」


 「男の子だったらこういうスーパーヒーローの秘密基地のような場所が大好きじゃないですか。タイヤが崖に刺さっているような奇抜な外観で、玄関も下から持ち上げて開ける住宅ですが、中に入ると『究極の普通』があるんです。普通に生活できる秘密基地というのは画期的ですね」。メディアクリエイターのハイロックさんは長野県軽井沢の「廊の家」の印象をそう話す。売り出し中だった5年ほど前、ネットで見た瞬間に一目惚れし、その日に現地に行ったという。米国の「イームズ邸」のような、個性的だが普遍性があって自然と融合した建築に真のモダニズムがあるように思っていて、廊の家を設計したTNAの作品にそれを強く感じるという。
◆タイヤが崖に突き刺さる

崖に突き刺さるような平屋の居住空間は、地中から地上(空中)への回廊となってつながる


 廊の家は、軽井沢の自然の中で、あえて急傾斜地を選んで、その土地との密接な関係性、自然との一体感を突き詰めたチャレンジングな住居だ。半分が地中に「突き刺さって」中を回遊し、半分が空中に張り出すドーナツ状の平屋建て建築は、建築の可能性を広げている。
 設計は武井誠+鍋島千恵/TNAで、軽井沢で同様のコンセプトで設計した「輪の家」「壇の家」とともに代表作の一つとなる。
 ハイロックさんは、現地で廊の家を初めて見た印象をこう話す。
 「TNAさんの作品は正直この時に初めて知りましたが、『一目惚れ』でしたからとても気になる存在になりました。タイヤが崖に突き刺さっているような外観は、家というより要塞、あるいはスーパーヒーローの秘密基地といった感じでした。サンダーバードが出てきそうでしたね、古いですが(笑)。玄関もおもしろくて、外の階段を上っていって下から持ち上げて入るんです。普通の人はこれを不便ととらえるのかもしれませんが、ぼくにはとても良かった。小さいころから秘密基地みたいなものが大好きでしたので」


 廊の家を含み、軽井沢のTNAの3件の住宅作品が、いずれも自然と深く融合していることにも強く共感していると言う。
 「いずれも外観を始め土地にぴったり合ったものをつくられていると思います。自然との融合ですね。米国のデザイナー、建築家のチャールズ・イームズが好きでして、個性と普遍性を併せ持つ独自のモダニズムを展開した人と言われています。イームズは、自邸のようなカラフルで個性的だけど、自然との融合を併せ持つことでモダニズムを表現していたのだと理解しています。ぼくもこの考えが好きで、自然と融合してこそモダンが見えてくると思っています。そして、このことをTNAさんの作品に強く感じています」
 TNAの武井誠代表は、崖地という過酷な場所に人が住めるのかということに挑戦したと話している。
 このことに、ハイロックさんは「不思議なのは、家の中に入ると窓から見える森の風景は過酷ではないんです。普通に自然が見えて、自然の中に居るような感覚になります」と述べる。

中央の開いている部分が玄関

 「見た目は奇抜で格好いい、おもしろい家でも、住むとなるとやっぱり『究極の普通』が良いわけですよ。究極の普通というのは難しいじゃないですか。廊の家はその両面を持っている。住まいとして、ぼくはここが究極の普通を実現していると思います」

◆小学校低学年に原体験
 インテリア・コーディネートが好きで、自信もある。
 「渋谷でプロデュースしているカフェのギャラリースペースで今月31日まで、恐竜をモチーフにした架空のハンバーガー屋さんというインスタレーションのようなことをやっていまして、この内装を自分でイメージしてデザインしました。お客さんの忘れ物の張り紙を貼るなどディテールにもこだわって遊んでいます。出身地の前橋市では、母が経営していた元喫茶店のスペースを使って自らDIYで内装してアトリエをつくりました。最近、キャンプにはまっているのですが、これは立地から決めるので、建築に近いのかなと。いずれは自分のイメージをマイホームとして形にしたいと思います」
 古き良き日本の伝統を残そうと、瓦で器やオブジェをつくるプロジェクトも進めている。土を掘って焼くところから1年がかりで勉強した。
 小学校低学年のころ、自宅の壁と道路側のブロック塀の間の幅1mくらいの空間に、秘密基地をつくって毎日のように友だちと遊んでいた。

家とブロック塀の間に作った秘密基地。幅1mくらいのスペースは子どもが入るには十分。
漫画本や超合金、集めた牛乳のキャップなどを隠していました。たしかアルコールランプがあって、
灯りにしたりベビースターラーメンをクッキー缶を鍋代わりに調理していたことも(ハイロックさん)
「ベニヤ板を使ってそれなりの隠れ家のようなものをつくっていました。この秘密基地は、母がPTA便りのような刊行物に図面と一緒に投稿して校内で話題になったのを覚えています。中でアルコールランプを使って調理をしたりもして、振り返ると今持っている調理師免許や大好きな内装の原体験のようなこともやっていたんですね」

プロフィール アパレルブランド「A BATHING APE(R)」のグラフィックデザインを経て2011年独立。表現の場を選ばないメディアクリエイターとしてのキャリアをスタート。ファッション誌GRINDでの連載をはじめメディア各方面にグッドデザインプロダクトや最新のガジェットを独自の視点で紹介。ラジオ番組「blockfm 嗚呼! 花の帰宅部」の企画構成・出演。著書に『I LOVE FND ボクがコレを選ぶ理由』。
 過去20年間、東京の刺激のど真ん中で、クリエーティブやテクノロジーに携わってきて、40代という年齢を境にそれらとも良い距離を保ちつつ、もっと人間の本質的な部分を大切に仕事や生活を積み上げていきたいという。たとえば、キャンプやカヌーなど大自然に触れることや、仕事では農業にとても興味を持っている。出身地・群馬の土壌を生かして、無農薬野菜の栽培や、いつか、ハイロックファームを作って、東京の子供たちを招待することを考えている。自分の仕事のひとつでもあるモノセレクトの集大成ともなる「マイホーム」を作ることも大切な目標だ。

■建築概要 「崖に人が住む」ことにチャレンジ 設計者のTNA代表・武井誠さんに聞く

TNA代表・武井誠さん
「崖に人が住むことが可能か、チャレンジしたということでしょうか」。廊の家のコンセプトについて、設計したTNAの武井誠代表はそう話す。そして、地面と基礎が繊細な関係を築くことでそれは可能になると考える。廊の家では、建物基礎が地面に突き刺さる関係である。
 「人は建築によって文化をつくってきた歴史がありますが、自然と対峙すると負けてしまいます。かといって同化するのでもなく、その中間の融合という関係が良いのかもしれません。廊の家は、人類が発明し暮らしを支えてきたトンネルと橋の組み合わせともいえます。この土木的な『繋ぎ』を使うことで崖という過酷な場所でも人が住めるようにしました。実際に中に入ると、自然と人工の両方を感じられるような空間だと思います」
 ハイロックさんが、廊の家を子どものころから好きだった秘密基地のようだと言ったことを聞いて「なるほど」と思ったという。自分も小さいころに秘密基地をつくって遊んでいたからだ。
 「ぼくは、公園のブッシュの中に入っていって誰からも見えない隙間を見つけて、そこを自分だけの場所にしていました」。小さいころの原体験がハイロックさんと武井さんの接点だった。
 廊の家もそうだったが、武井さんはまず、「秘密基地をどこにつくるのかというところから始まります」と述べる。「歴史や文脈など立地環境を知ることはとても重要です。そうした目に見えない場所性を調べると同時に、敷地に実際に立ってみて、感じるものも大事にしています。建物が建ったとき周囲からどのように見えるのか--。逆に、建物が周辺環境をより良く魅せることができるのか、ということも考えます」
 住宅は普通に生活できることがとても大切だという。
 「普通に生活できると同時に、いろいろな発見ができる住宅をこれからもつくっていきたいですね」

◆建築ファイル
▽名称=廊の家
▽所在地=長野県御代田町
▽プロデュース=オナーズヒル軽井沢
▽用途=別荘
▽構造・規模=S一部木造平屋建て延べ105.32㎡
▽設計=武井誠+鍋島千恵/TNA
▽施工=新津組
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