2013/12/20

【けんちくのチカラ】バイオリニスト木嶋真優さんと兵庫県立芸術文化センター

「初めての楽曲に挑戦する時やコンディションがあまり良くない時、ホールのアコースティック(音響)と同時に、来場いただいたお客さまの温かい雰囲気で随分と弾きやすくなるんです。私の出身地にある兵庫県立芸術文化センター(西宮市、KOBELCO大ホール)では、そのことを強く感じました。ホールに助けられたような気持ちです」。世界的に活躍する若手バイオリニスト、木嶋真優さんはそんな謙虚さを忘れない。同センターの音響は、「葛藤をしなくても自然に出した音がふわーっと広がってくれる感覚があります」と表現する。一方で、木嶋さんの挑戦は、ホールの最高の響きを引き出すことを超えて、響きを自在に操り、その空間を「コントロール」することだという。


◇アトモスフィア

 4年前の11月、兵庫県立芸術文化センターで、木嶋さんは自信と不安が相半ばする舞台に立っていた。
 「この日、初めてベートーベンのコンチェルト(バイオリン協奏曲)に挑戦しました。初めて弾く楽曲は、実際の舞台でどう展開するか予想がつかないところがあるので、不安がつきまとうんですね。この時は、ホールの響きとお客さまの雰囲気に助けられて、本当に安心して弾けました。終わった時には感謝の気持ちでいっぱいでした」
 ホールには、音響だけでなく、そこに来る観客の雰囲気という毎回変わる要素がある。
 「兵庫県立芸術文化センターは地元という安心させてもらえる空気感のようなものがあります。お客さまが作ってくださる雰囲気はとても大切で、コンディションがあまり良くない時でも、お客さまに助けられて、とても弾きやすくなったりすることがよくあります。有難いですね」
外観全景。撮影:飯島隆、提供:兵庫県立芸術文化センター


◇調弦の『ラ』で残響チェック

 音響に関してはこんな話を聞かせてくれた。
 「オーケストラとの共演では、初めてのホールでも一人でウオーミングアップする時間がほとんどありません。それで残響などをチェックするためにどうするかというと、調弦の『ラ』の音をもらった時に、このホールの残響はこのくらいの長さだなと判断するわけです。一瞬ですね。そのうえで、このホールは細かい音は聞こえにくいだろうから、いつもよりはっきりと弾こうかなどと自分の中でセッティングします。これはいろいろなホールの演奏経験で学んでいくことです」
 兵庫県立芸術文化センターは、そんな葛藤をしなくても済む質の高い空間だという。
 「オーケストラとの共演では、音が分厚いので、自分の音がどれだけ通るかをとても気にするのですが、このホールではそれほど気にせずに自然に出した音が、ふわーっと広がってくれる感覚があります。力を入れずに響きを楽しめます。すごく弾きやすいです」
 楽屋もお気に入りだ。
 「楽屋では本番ギリギリまで練習していることが多いのですが、響かない場所がいいですね。舞台とまったく違う音響の中だと実際の自分の音質などを耳で瞬時にキャッチしにくくなります。ここの楽屋はほとんど響かないのでうれしいですね」
大ホールコンサート仕様。撮影:飯島隆、提供:兵庫県立芸術文化センター


◇ずば抜けている日本のホール

 このホールは、これまで3回公演している。12月21日にはメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲を演奏することになっている。
 コンサート後はいつも家族とホール内のレストランで食事をする。
 「この時が家族団らんの時間です。12月のコンサートも食事をすると思います」。うれしそうにそう話し、子どもの顔をのぞかせる。
 アメリカのカーネギーホールなど世界の有名なホールで演奏経験を持つが、日本のホールの音響空間はずば抜けて優れていると実感している。
 「海外で弾いてみると日本の音響の質の高さがよくわかります」
「プラハ交響楽団公演での木嶋さん(2013年1月14日)。撮影:飯島隆


◇響きを操る

 バイオリンは3歳半から始めた。
 「バイオリンだけでなく、バレエ、ピアノも習い始めたのですが、その中ですごく好きだったのがバイオリンで、ものごころがついた頃からバイオリニストになろうと考えていました。小さい頃はすぐ弾けるようなタイプではありませんでした。教えていただいた先生が週に一度、教会で室内楽のコンサートを開いていて、それを一番前の席で聞くのがすごく楽しみでした。自分もいつかはあんな舞台に立ちたいと思っていました。それが頑張るきっかけになったのだと思います。5歳くらいから小学校低学年のころまでは、洗礼を受けた教会で生誕の時間の礼拝で、パイプオルガンの替わりにバイオリンを弾かせてもらっていました」
 小学校に入学するころ、練習量も増えるだろうから防音室のある家へということで引越しをした。
 「引越しをする家を見に行った時、サウナがあったんです。やったあ、と楽しみにしていたら、そこが改装され防音室になっていて、がっかり。おまけに練習が丸見えのガラス張りで(笑)」
 今後はもっといろいろなホールで弾いてみたいという。
 「ホールで学ぶことはたくさんありますから。音響の良いホールで、その響きを自由自在に操れるようになったら幅も広がります。空間をコントロールする力を持ちたいですね。大きいホールでもお客さまが近くに感じてもらえる演奏を目指します」
バイオリンは3歳半から


◇味わい増す無垢材へのこだわり

 兵庫県立芸術文化センターは、2000席の大ホール、800席の中ホール、400席の小ホールで構成される本格的な音楽・劇場空間である。2005年10月にオープンした。指揮者の佐渡裕さんが芸術監督を務める。大ホールは4面舞台のスペースを持ち、コンサートを中心にオペラやバレエにも対応。中ホールは主に演劇、小ホールは室内楽を中心に使われている。
 最大の特徴は、大中小ホールすべてが木で仕上げられている点だ。バイオリニストの木嶋真優さんが公演した大ホールは、壁と天井のほか、いすもマホガニーの無垢材。客席だけでも間口31m、奥行33m、高さ22mの空間が無垢の木で覆われ、足を踏み入れただけでその圧倒的な異空間に、高揚感が増す。
 設計を担当した日建設計の江副敏史デザインフェローは無垢な木へのこだわりをこう話す。
 「金属や石など、さまざまなホールを見てきましたが、木のホールに優るものはないと考えてきました。使っているうちに、へこんだり傷ついたり、あるいは欠けたりもするかもしれませんが、それが味わいとなるのが、無垢材の良さです。マホガニーの赤みがかった色合いは落ち着きと華やかさを兼ね備えて、音楽ホールに相応しいと思いました。クリアな塗装で木の色をそのまま生かすことで、微妙な自然の色の違いも出すことができました」
 ホールやエントランスなどに設置した花びら型のコンクリートの列柱も特徴の一つ。
 「PCaで手作業によってはつって仕上げています。手でなぞりたくなるような風合いかと思います。仕上げ材を貼らずにそのまま見せることで、建築の持つ力強さを表現しました」
 音響面は最高水準のものが要求されたため、10分の1の模型で客席の形状などディテールを決めた。大中小ホールの共通のロビー設置は動線の良さはもちろん、他ホールへの誘導の面でメリットを生んだ。ロビーのトップライトは、公演が始まる前の期待感と終わった後の余韻を考慮したという。
 木嶋さんの「自然に音が広がっていく感じ」という感想を伝えると、「演奏家がそう言ってくださるのが一番うれしいです」と話していた。(施工=大成建設・奥村組・淺沼組・森組・新井組・柄谷工務店・巨勢工務店JV)

 (きしま・まゆ)13歳でヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール・ジュニア部門にて最高位を受賞し一躍話題となる。その他国内外のコンクールで受賞多数。最近では2011年ケルン国際音楽コンクール優勝。その優れた音楽的解釈に対しDavid Garrett賞も受賞。
 10代で巨匠、故ロストロポーヴィッチより「世界で最も優れた若手バイオリニスト」と絶賛を受ける。
 CDはアシュケナージの推薦からNHK交響楽団と「ツィガーヌ」を収録。ソロCDは「シャコンヌ」「Rise」をリリース。
 ことし春ケルン音楽大学を最優秀の成績を修め卒業。現在パリ・ケルンに拠点を置き国内外で活躍。最近ではルガノのマルタ・アルゲリッチ音楽祭に参加、10月のNHK交響楽団との共演も絶賛を博した。
 この12月には兵庫県立芸術文化センターにて芸術文化センター管弦楽団との共演を予定している。
 ▽メンデルスゾーン:バイオリン協奏曲=12月21日午後3時開演。兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
 木嶋真優オフィシャルHP http://www.mayumusic.com/index.html
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)

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