2013/12/20

【けんちくのチカラ】ピアニスト国府弘子さんとヤマハホール

簡単に持ち運べないピアノは、それが置かれる空間と常に「セット」で、互いに影響し合う。ピアノそのものは木の芸術品とも言われるほど、音の本質に鍵盤や響板など木の素材が重要な役割を果たす。ピアニストの国府弘子さんはそんなピアノの音空間について「アコースティックな響きというのは、(ピアノが持つ)木のぬくもりそのものだと思っています。『コツン』と鍵盤をたたくと、その指先の手応えがピアノの中を通って音になり、ホール空間に広がって、耳や指先に帰ってくる。一瞬のことですが、その木の伝導感のようなものが、自分にとってとても重要なのです」と話す。大好きなホールの一つとして挙げてくれたヤマハホール(東京・銀座)は、ピアノと空間が絶妙に呼応して、指先からの木の伝導感をぬくもりのように全体に広げてくれるのだという。「幸せな気持ちをお客さまとしっかりと共有できる極上の音の響きで、感動する空間です」


◇リニューアルしたホール

 東京・銀座を代表するホールとして1953年から親しまれてきたヤマハホールは、2010年春にリニューアルオープンした。リニューアルテーマの一つが楽器のようなホールだ。楽器の内部にいるような、アコースティックな響きを持つシンボリックな空間が設計コンセプトとして打ち出された。
 ピアニストの国府弘子さんは、リニューアルオープンしたその年に初めて演奏。この楽器のようなホールは、まさに、国府さんが大切にしている木の伝導感のようなものをはっきりと実感した空間だった。
 「ここ数年で5回ほど演奏していますので記憶は鮮明です。初めて演奏して、生の音を浴びた時、思わず『うわー』っと声が漏れるほど、響きの良さに感動しました。ピアノを弾いていて良かった、幸せ、と思いました」と振り返る。
 木の伝導感はこう説明する。
 「私はジャズピアニストとして紹介されることが多いのですが、ジャンルを超えたクラシック寄りの楽曲を演奏することもあり、いずれもアコースティックな響きがとても重要です。ピアノの響きというのは、木のぬくもりそのものと言ってもいいと思います。楽器とホールの空間は、鍵盤を『コツン』とたたいて指先からホールに広がっていって、耳や指に戻ってくる『木の伝導感』のような、そんなコラボレーションが繰り広げられる関係。『コツン』という指の感触が自分にとってすごく大切です」
ヤマハホール


◇木の伝導感


 ほとんどのピアニストはホールにあるピアノを演奏することが多く、空間もいろいろ。「音響機材を使用して音環境を作ったりもしますし、微妙な音をコントロールする経験は積んでいますが、ヤマハホールのように、木の伝導感がはっきりとわかる空間での演奏は、喜びも大きいですね」
 観客として座ったときに感じたことは、「おしゃれをして出かける雰囲気なのですが、フランクなぜいたくさを感じさせてくれます」と話す。333席と比較的小規模なホールだが、「客席からはとても大きく見えて、一方で舞台に立つと、何か『寄席』のようにお客さまが身近に感じられて、ものすごく一体感があります。私がステージで思うことの一つは、お客さまを幸せにしたいということ。ヤマハホールは演奏家がまず幸せな気持ちになれます。それが自然にお客さまと共有できる、そんなホールです。この極上の響きは、自分が演奏家として成長できているな、という気持ちにもさせていただけます。きょうのインタビューを受けて、改めてヤマハホールでのレコーディングにも挑戦したいな、と思いました」
ヤマハ銀座ビル外観


◇音楽アドバイザー


 埼玉県入間市では、100人ほどのフリースペース「入間市文化創造アトリエ『アミーゴ』」の音楽アドバイザーを務める。
 「埼玉県繊維工業試験場を改装した木造の建物でして、計画段階からアドバイスをさせていただきました。木の空間で心地良い響きがあります。空調がないので夏は扇風機を回してのライブで、手作り感がいいんです。宇崎竜童さん、サーカスの叶正子さんなど何人かお連れしまして、とても気に入っていただきました。オープンして10年くらいになりますが、認知度が上がってきているようでうれしいです」
 ピアノは3歳の時から始めた。
 「英才教育ではなくて、近所のピアノの先生の所に姉といっしょに通っていました。武蔵野市の団地に住んでいて、そこに小さな公園がありました。夕方5時になるとその公園から『夕焼け小焼け』の音楽が流れてきて、それを私がピアノで伴奏を付けて弾いていました。テレビから流れる曲も弾いていると、家族からほめられまして、うれしくてまたいろいろ弾くようになりました。4歳の時、ちびまる子ちゃんみたいなヘアースタイルで(笑)、初めてピアノの発表会で弾きました。場所は覚えていませんが武蔵野市の小さな建物だったと思います」
 中学、高校と川崎市で育った縁もあって、現在は川崎市の市民文化大使を務める。
 「音楽のまちとしてアピールしていますので、ぜひ音楽イベントなどに足を運んでください」
3歳から始めたピアノ


◇クリアな「音像」、楽器としてのホール

 2010年のリニューアルオープンで掲げられたテーマは、333席という小規模なホールでいかにクリアで、豊かな響きを造るか、そして、「楽器としてのホール」を全面的に打ち出すにはどうすべきかだ。東京・銀座で1951年に開業したヤマハ銀座ビル(アントニン・レーモンド設計)の全面リニューアルで、7-9階に入るヤマハホールの設計コンセプトがこの2つだった。
 設計を担当した日建設計の茅野秀真執行役員はこう振り返る。
 「このくらいの小規模なホールは、聴衆と演奏者の一体感があって音も届きやすく、とても良いのですが、反響が強すぎるのです。言ってみればお風呂の中のような状態です。専門用語で『音像』というのですが、どの楽器がどの位置で弾かれているかが分からなくなり、音の構成が曖昧になります。この音像を明確にし、豊かな響きを持たせるという難しい課題にまず取り組みました」
 考えられたのが、内壁に凹凸を付けて初期の側方反射音を天井に反射させるというものだ。およそ6割が天井に反射するという。
ヤマハホールでの国府弘子スペシャルトリオの演奏


◇『可聴化システム』


 「音が天井から豊かに降り注ぐ空間を考えました。天井の反射板は、羽衣のような波形で、多様な周波数の音が、広い範囲に拡散するようにしました。これによって、音像が明確になり、ピアノのソロなどもクリアで繊細に、そしてボリューム感も保つことができました。ヤマハの研究機関、サウンドテクノロジー開発センターの音響シミュレーション『可聴化システム』が実現に威力を発揮しました」
 楽器としてのホールは、音響の根拠も踏まえて木製楽器の中にいるような空間がイメージされた。
 「内装材のほとんどは楽器に使われている木です。内壁面はサペリマホガニーというピアノの内部に使われている木です。舞台正面から天井の白い内壁にはメイプル。バイオリンやチェロの素材です。床がカリンで、これはマリンバなど木琴に使われています。空間の形状も楽器をイメージしていまして、例えば正面の内壁はピアノのカーブを描き、演奏者には微妙な音を反射させています。いすも著名なデザイナーの川上元美さんのデザインでチェロをイメージしたものです。舞台はヒノキで楽器用の木ではありませんが、ヤマハさんのエイジング技術で、素晴らしい共鳴をホール全体に広げています。このホールは『楽器メーカー・ヤマハがつくった大きな楽器』ということをイメージさせるようにデザインされました」。施工は鹿島が担当した。

 (こくぶ・ひろこ)テレビやラジオのDJをはじめ活字メディアにもエッセイを寄稿するなど多彩な活動で全国的な人気を集めるジャズ界のスーパー・レディ。国立音楽大学ピアノ科卒業後、ジャズ修業のためNYに単身渡米。1987年のアルバムデビュー以後、2013年現在まで、日米で20枚以上の作品を発表。クラシックからジャズ、ブラジル音楽やラテンまで多彩な要素を取り入れた独自のサウンドを確立、多くのファンに慕われる。ソロや自己のトリオでの演奏を軸に、時にはオーケストラとの共演や、さまざまなゲスト出演も数多い。音楽の喜びと情熱、そして安らぎにあふれる国府弘子独特のピアノミュージックは、常に聴く人々の心を捉え続ける。
 【ライブスケジュール(詳細はHPなどで)】
 ▽ひろこ倶楽部Vol.16=12月20日(金)=東京・六本木STB139▽「国府弘子vs石塚まみ・ディフリューゲ」=12月28日(土)愛知・豊橋穂の国豊橋芸術劇場PLAT▽ジャズピアノ6連弾=2014年1月5日(日)神奈川・ミューザ川崎▽国府弘子スペシャルトリオライブin盛岡“S"=14年1月18日(土)岩手・盛岡Bar Cafe the S▽国府弘子スペシャルトリオ=14年1月19日(日)宮城・岩沼市民会館大ホール▽ジャズ・ピアノ6連弾2014=14年1月26日(日)香川・サンポートホール高松
 国府弘子オフィシャルホームページ http://kokubuhiroko.net
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)

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