2014/09/01

【防災の日(1)】災害イマジネーションを高めよ 東京大学教授 目黒公郎氏

「地震への備えが進まないのは、政治家から、専門家、マスコミ、一般市民まで、国民全体の『災害イマジネーション』の低さのため」。地震などによる被害を最小限に抑えようと、ハード、ソフト両面からの戦略を研究する目黒公郎東京大学教授の指摘だ。地震防災で最も重要な課題は、「既存不適格建物の建替えや耐震補強の推進」だとも話す。災害イマジネーションが低いため、制度そのものにも問題が多く、耐震補強が進展しない。目黒氏に、災害の最小化への道筋などを聞いた。

 目黒氏によると、災害イマジネーションとは、発災時の季節、天気、曜日、時刻、自分の立場・役割、持ち物や服装などの条件を踏まえたうえで、発災からの時間経過にともなって身の回りで起こる状況を具体的に想像する能力のことをいう。目黒氏の研究室では、こうした災害状況のイメージトレーニングのために、時系列で自分を主人公にした物語を書き込む「目黒巻」というツールも考案している。
 「わたしたちの調査によると、行政における災害対策には最低でも300項目ほどの情報が必要になる。これら全ての情報について、『いつ、誰(どの部署)が、どんな業務に使うので、時間、空間、数量としてどの程度の精度が必要』などを整理したデータベースが重要だ。ここでのポイントは、国と自治体など、利用者によって求める精度が違うこと。これらは、災害イマジネーションが低くては理解できない。人間は、イメージできない状況への心がけや準備は絶対にできない」 
 同氏は、こうしたデータベースはマスコミの情報提供のタイミングなどにも有効だと主張している。
 「マスコミも自分たちの報道を振り返って、記事や番組の内容の時期とそれを掲載した時期、内容を特徴づけるキーワード、記事や番組に対して記者やデスク、ディレクターなどの関係者が後日感じた意見や反省などを赤裸々につづったデータベースの構築を望みたい。そうすれば、どのタイミングで何を報道すべきかがわかり、災害報道の質は確実に向上する」
 メディアの報道にかかわることで、東日本大震災の誤解についても指摘する。
 「東日本大震災では、『事前のハード・ソフト対策がうまく機能せず、直後に1万8000人を超える方々が犠牲になった』と報道されている。しかし一方で、津波の浸水地域に住んでいた約62万人の中の97%の方々は生き残られており、この生存率は当該地を含め、過去の世界各地の津波災害の中で群を抜いて高い。不幸にして犠牲になられた3%の方々を救う対策の検討は言うまでもなく重要であるが、同時に事前対策によって97%の方々が生き残ったという事実を広く伝えないと事前対策の重要性が忘れ去られてしまう」
 メディアは防波堤や防潮堤などのハードの対策に批判的だが、ここにも誤解があり、また、どのようなハード・ソフト対策を講じようが、必ずプラスとマイナスがあるとも言う。
 「岩手県釜石市の防波堤や宮古市田老地区の防潮堤も被災後の『残骸』を映し出して、まったく役に立たなかったかのように報道した。実際は、釜石の防波堤は津波の侵入を6分間遅延させたことがわかっている。津波から逃げ切るか逃げ遅れるかの瀬戸際の人にとって、この時間の意味は大きい。さらに堤防内に流入する海水の速度低下や流入量の大幅な軽減は浸水深や遡上高さを大幅に低下させ、被害軽減に大きく貢献している。一方で、気象庁の過小評価された津波警報と相まって、ハード対策が過信につながり、避難の遅れにつながったことは否定できない」
 ソフト対策のプラス面としては、小中学校の生徒2926人のほとんどが助かった「釜石の奇跡」があり、通常の教科に防災を取り込んだ学校教育などが高く評価されている。「子どもたちの行動は立派であったが、その前に津波の被害を受ける危険性の高い場所に小中学校を建設していたことに問題があったことをしっかりと伝えていくべきだ」
 公表されている災害の死因のデータで、関東大震災は87.1%が焼死、阪神・淡路大震災は83.3%が建物倒壊による窒息・圧死、東日本大震災は92.4%が溺死。
 「震災による教訓はいつも異なると報道される。しかしこのような報道では、いずれの震災でも建物の耐震性が重要な意味を持っていたことが伝わらない。具体的には、関東大震災時の延焼火災の大きな原因が揺れによる建物倒壊であったこと、東日本大震災では地震直後に被災建物の下敷き状態で避難できなくなった人が極端に少なかったが、これが阪神・淡路大震災と同様であれば、津波の犠牲者は格段に増えたことである」
 目黒氏は最近、「総合的な災害管理」という言葉をよく使う。これは本来の「防災」に近い考え方で、事前の「被害抑止」「被害軽減」「災害の予知・予見と早期警報」と事後の「被害評価」「緊急災害対応」「復旧・復興」で、災害の影響を最小化しようとするもの。
 同氏は指摘する。
 「現在発生が危惧されている南海トラフの巨大地震や首都直下などの対策では、『被害抑止』がとても重要だ。理由はGDPの4-6割にも及ぶ被害総額の災害では、わが国の体力でも復旧・復興が難しいからである。発災までの時間を活用して、事後対応で復旧・復興できる規模までダウンサイジングできないと国の存亡にかかわる」
 被害抑止という点では既存不適格建物の耐震補強や建替えが最重要課題だが、なかなか進展しない。そこで、災害イマジネーションを高めると同時に、自治体が事前に公費で耐震補強を要請する現行制度(目黒氏はこれはうまくいかない根本的な理由があると指摘する)の代替として、新しい公助、共助、自助の「目黒3点セット」を提案している。
 「住宅などの持ち主が、事前に自前で現行の耐震性を確保(耐震補強の実施や建替え)した建物を対象とする、行政からの優遇支援の『公助』、全国を対象とした共済制度の『共助』、揺れ被害免責で震後火災のみを保証する新しい地震保険の『自助』となる。この3つはいずれも努力した人が報われる制度であり、将来の地震被害を抜本的に減らすとともに、全壊や全焼などの損傷を受けても建物を新築し生活再建するに十分な支援環境が整うものだ」

◆目黒巻きとは

 今、日本は大きな地震が繰り返し発生する時期を迎えています。確実にやってくる大地震から、どうすれば自分や家族の命と財産を守れるでしょうか? まずは、災害状況を的確にイメージする力『災害イマジネーション』を高めることです。人はイメージできない災害状況に対して、適切な心がけや準備はできません。様々な時刻や場所、季節や天候に応じて、発災からの時間経過の中で、自分の周辺で起こる災害状況を具体的にイメージできるように、「目黒巻」を使って自分を主人公とした物語を作ってみてください。今のままでは、大変な状況になることがわかります。物語をハッピーエンドに変えるために必要な事前・直後・事後の対策が見えてきます。それらの効果や優先順位がわかります。手遅れにならないように、さあ『災害イマジネーション』を高めましょう。(目黒研究室HPから)


◆『首都大地震-揺れやすさマップ』/土地の生い立ち知り身を守る/目黒公郎氏が監修

地震のマグニチュードや震源からの距離が同じでも、その土地の地盤や地形によって当然揺れ方は変わってくる。したがって地震から身を守るためには、ふだん生活している土地(居住地や職場など)の特性を知っておくことが重要。揺れやすい土地なのか、揺れにくい土地なのかという知識である。その役に立つのがその土地の「生い立ち」を知ること。いま住んでいる場所が過去はどんな土地だったのか--目黒公郎教授が監修した本書はそんな疑問にずばり答えてくれる。
 首都圏の60地域について、見開き2ページを当て、左ページに現在の地図、右ページに大正時代の地図を掲載し、現在の地形や土地利用と過去のそれとをひと目で比較対照できるようになっている。あちこち開いて見ているうちに気づくのは、過去の地図に記された旧地名。
 「○川」「○沢」「○江」「○谷」「○沼」「○新田」などの地名がついている場所はおおむね「揺れやすさ大」と評価されている。昔からその地域に住んでいた人々が実際に体験した災害などをもとに地名をつけたことが分かる。
 では、その地名が現在はどうなっているのか。本書を見ると場所によって大きく変わっていることが一目瞭然。宅地造成などの際に耳触りの良い地名へ変えているのだ。たとえば、よく耳にする「○が丘」が昔は「○沼」と呼ばれており、実は「揺れやすさ大」だった--というようなことが分かる。
 家やビルを建てたり買ったりする前に、その土地が昔はどんな場所だったのか、本書で調べてみよう。
 旬報社、A4判140ページ、1800円(税別)。

 めぐろ・きみろう 1991年東大(院)工学系研究科博士課程修了。2004年から東大教授。07年東大生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター長に就任。専門は都市震災軽減工学、都市防災戦略。構造物の物理的な防災から法制度等の設計、防災意識の啓発まで幅広く研究。政府の中央防災会議専門委員を始め中央省庁や自治体、ライフライン企業などの防災委員を務める。「防災ビジネス市場の体系化に関する研究会」(9面参照)も主宰し防災をビジネスとして確立する方策も研究している。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)

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