2013/02/14

【建築】職人が現場で自律パターン生成 池田靖史氏の「大和館観山閣」

コンピューターによる演算を利用して、アルゴリズムやパラメーターで自律的に設計するコンピューテイショナル・デザイン。建築家の池田靖史氏は、この分野で多くの先進的手法を実践してきた。日ごろは慶應大大学院の政策・メディア研究科で学生に教鞭をとっている池田氏が中国・遼寧省にある和風温泉リゾートの設計にまったく新しいデザイン手法を実践した。ローカルの職人の仕事とコンピューテイショナル・デザインを融合させた建築を紹介する。

メーンロビー
大連から車で約2時間、遼寧省の温泉地帯に計画された大和館観山閣というリゾートがある。池田氏は、そのオーナーの于藜特氏から和風温泉宿泊施設のデザインを依頼された。
 8棟のヴィラと7階建ての本館で構成された観山閣は、周囲の山並みの風景を建築に取り込んだモダン和風デザインで設計されたが、その建築の随所にコンピューテイショナル・デザインを取り入れた。
 日本庭園の設計は、世界的に活躍する野村勘治氏が手掛け、内部の照明設計は澤田隆一氏が担当した。2008年の着工からリーマンショックなどを乗り切って12年5月にグランドオープンを迎えた。

◇驚くべき中国式施工

 実際の施工段階に入ったころ、池田氏は現場に出て驚くべき光景を目にする。コンクリートは現場練りで、打設はポンプ車を使わず、ネコ車とスコップで柱の型枠に手渡しで放り込んでいく。木質の内装材は、現場に皮が着いたままの板が届き、製材から始める。スチール製の階段はファブリケーターが溶接したものではなく、現場で切断と溶接をしていた。
 池田氏は現場を見て、日本との差違に驚くと同時に、この環境で、自分の求める建築が果たして建てられるのかと不安に駆られた。「日本では工業化が進んでいて、高層ビルでもミリ以下の単位で鉄骨やサッシが取り付けられる。建築は精度を完璧に求めていくものだと思っていた」という。
手作業のコンクリート打設

◇職人の技法取り込む

 そんな原始的な現場を見て、さらに驚くことがあった。日本では石張りにする外壁に、十数人の職人が取り付き、割肌の小口積みのような外装を一斉に行っている。「あちこちから作業を始めて、お互いの作業場所の境で声を掛け合って目地調整をしていた」のが目に付いた。
 この光景から、以前は日本でも「誤差を上手に逃がすのが大切」と言われていたことを思い出す。「日本では、高度な工業化とゼネコンなどの技量に助けられていたと改めて感じた」。
 両国を往復しながら、豊富な労働力を生かして、職人の技法をコンピューターに取り込めないかを考えた。

◇アルゴリズムで解決

 日本では、コンピューターを使って本館メーンロビー大屋根の木製ルーバー天井を設計していた。作成した図面を渡しても、現地ではどうしても指定どおりに作れない。コンピューターから出力したパターン図の通りに板を張らせるには、どうしても技量が不足する。
 「パターン図ではなく、パターンを生み出すアルゴリズムを渡す」ことが解決策となった。
 まず、天井の木製縦格子に使う材料を4種類に統一した。現地では長さ1800×高さ150、1500×75、1200×150、900×75mmの4つの板を製材させ、格子を張る職人に同じくらいの量を持たせる。そしてたった1枚のルール図(図参照)を職人に渡して施工してもらった。
 図には言葉は一切なく、「隣り合う板と継ぎ目があってはダメ」という意味が書かれている。コンピューターでシミュレーションは重ねていたが、その結果、設計側すら把握していないパターンが生まれた。
職人に手渡された1枚の図

◇興味深い誤算

 池田氏は完成後に天井を確認し「出来上がりには満足した。さらに所々に配置していた照明器具の両側には、高さの高いものを配置して目立たなくしてくれていた」ことに驚いた。
 設計した側が意図していないことを、職人側から自発的に改善してくれたのだ。自ら考えてもらうことが、職人のやる気を引き出した。
 池田氏自身も「現場に足しげく通い、そこにある技術的な可能性を設計にフィードバックさせることに楽しみを見つけてしまった」と話す。
 今も「BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)なども精度や効率を追い求めるだけでなく、こんな例に代表されるような方向に展開できないか?」と模索している。
設計側の意図以上に仕上がった天井

◇次なる一手

 このリゾートは現在も、健康的な食事や周辺環境も含めて健康施設だという考えで運営されている。「日中合作で作った現代和風」の大和館観山閣を経て、池田氏は次の一手を思い描く。
 「中国の職人も、スマートフォンくらいは持っている。施工の時に用意したアプリを立ち上げて数字を入力するだけで、アルゴリズミック・デザインを実現できるような施工法を取り入れたい」というのが、今の思いだ。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)2013年2月14日 14面

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