2014/06/14

【佐藤直良のぐるり現場探訪】情報化施工フル活用 L2津波に対抗する浜松篠原海岸工事


新緑の候、折からの雨の中、浜松駅に降り立った。このシリーズの副題にもある『晴れの日も雨の日も』は建設通信新聞の担当者がつけたものである。すばらしいタイトルだと初めは感じたが、このタイトルのおかげか、前回の広島は雪、この日は雨。しかし、現場は休まず動いていた。訪ねたのは「浜松篠原海岸津波対策施設等整備事業(海岸)工事(試験施工その1)」で、施工は西松建設・須山建設・中村組JV。今回お世話いただいた地元の中村組は、試験施工を踏まえた本体工事の受注が決まっている。
 東日本大震災から早いもので3年が経過した。いまでも、その時の津波の映像は鮮明に残っている。多くの尊い人命が一瞬のうちに失われ、筆者の長い役人生活の中で最もつらい災害であった。
 当時筆者は国土交通省技監の職にあった。海岸・港湾はその機能の一部を発揮したが、津波の威力により破壊された姿を肝に命じ、明治・昭和三陸地震の教訓も踏まえ、ハード・ソフト対策を総動員し、L2外力に対して『一線防御から多重防御』に転換せよと、担当部局へ指示したことを昨日のことのように思い出した。この浜松はおそらく、L2対応の防潮堤を築造する全国初のケースである。

現場の説明を受ける筆者(右)
当日は雨にもかかわらず、静岡県浜松土木事務所の内田光一技監にも現場に来ていただき、事業全体の説明を伺った。この事業ではCSG工法を採用する。今回の試験施工は、砂れきとセメントの混合比の決定を含め、今後の本体工事を合理的・経済的に進めるためのものだ。
 また、JV筆頭の西松建設は、ダムなどでCSG工法の多くの経験を持っており、そのノウハウを地元建設会社に移転し、本体工事の大部分を担う地元企業が、万全の技術力を身につけることも大きな目的の一つと言える。

西松建設・兒玉和幸氏
現場所長は西松建設の兒玉和幸氏。その下で主任技術者として活躍しているのが、地元浜松市の中村組の石田孝氏である。石田氏は、既に受注が決定している本体工事の現場代理人に就任するとのこと。この場には1910年創業の中村組の中村嘉宏社長、小粥孝政取締役土木部長にも忙しい中、出席いただいた。
 筆者が建設省技術調査室に勤務していた30代前半のころ、先代社長で現社長の父上、故中村進氏と何度もお会いした。数年前に亡くなられたが、先代社長は当時、土木施工管理技士の技術向上と処遇改善に、まさにライフワークとして熱心に取り組まれ、全国土木施工管理技士会の社団法人化に心血を注がれた。

天端のコンクリート打設
試験工事では、基礎地盤改良としてN値15を目標に、浅層混合処理工法であるパワーブレンダ―工法を採用している。この工法は、筆者がよく知る愛知県の加藤建設が特許を有している。その後CSG製造、敷き均し、締め固めを経て天端コンクリート被覆を行う。工事は順調に進捗し、訪問した日がコンクリート被覆の完成日だった。
 石田氏の施工に関する説明は一点のよどみもなく、施工技術を十分に自分のものとした、すばらしいものであった。当然、筆者からの質問にも的確に対応いただいた。

中村組・石田孝氏
兒玉所長の長年の経験で培われた技術が、JVでの仕事を通じて見事に石田氏に伝承されていた。従来ともすれば、JVスポンサーの大手・準大手が、地元企業を手足の如く使うという図式が数多く見られたとの話をよく聞くが、この現場では大手・準大手と地元企業との新たな関係が見られた気がする。以前に西松建設の近藤晴貞社長とお話した際、地元企業への暖かい想いを語られていたことが思い出された。
 雨の中、現場でCSG部をシュミットハンマーで叩いてみた。事前説明で圧縮強度がコンクリートの10分の1程度と聞いていたが、思いのほか堅固であったのが特に印象に残った。

◆幼少期の体験、現場に自然と導く

 筆者が中部地方整備局長時代の2008年11月、全国に先駆けて建設ICT導入研究会を発足させた。いわゆる情報化施工を先兵に、現場へのICT導入を積極的に推進することが目的だった。その後、ほかの地整が情報化施工推進会議などを設立したが、中部地整だけは建設ICT導入普及研究会と名称を変え、現在394者が参加している。参加数としては全国一であろう。ここまで牽引してきた中部地整職員の皆さまの意欲と努力に、この紙面をお借りして敬意を表する次第である。
 設立当初の研究会で目の色を変えて賛同し、自らの会社でと意欲を示した人の一人が中村社長である。

中村組・中村嘉宏社長
現場を離れ、中村組本社で今後の本体工事に向けた方針を中村社長、小粥部長、そして監理技術者になる予定の寺田智秋土木部工事課課長の3人から伺った。

小粥孝政氏
寺田氏の父親は地元磐田市で寺田工務店を経営し、先代中村社長とは一緒に仕事をした仲である。子供のころから父親が、将来の進路を本人に語り、大学を出たら中村組で丁稚奉公というレールが引かれていたそうだ。その後、父親の工務店を継ぐ計画だったが景気の悪化に伴い、息子に苦労させたくないとの思いで、父親の代で会社を閉めたと聞いた。いまどき珍しい、立派な父親像である。

寺田智秋氏
また、子供のころから父親によく現場に連れて行かれ、何も分からなかったが、そこで楽しい思いをした。この経験が父親の決めた進路に疑問を抱くことなく、いまにつながっているとの話には心から感動した。今後はぜひ、社員の家族、特にお子さんたちに、現場に来てもらう工夫をしてほしいと願った。

◇会社は家族、深い絆でつながる


 中村社長の話も印象的だった。新入社員のリクルートに当たっては、社員が親類縁者友人に声をかけ、その子弟の入社を促す努力をしているとのことである。
 会社の誇れる点を問うと、「社員一人ひとりが真面目に仕事に取り組み、熱意を持ち、堅い仕事をしている」との答えであった。現場を思う心意気に、久しぶりにすがすがしい思いがした。
 小粥部長は実にうれしい話を聞かせてくれた。「わたしは先代社長時代に入社したが、人情のある会社であり、一人ひとりが会社を大事にしている。これが社風で、この気持ちをもとに社員同士のきずなを深めることが大事だと思っている」「社員は会社に恩義を感じ、会社に恩を返そうと頑張っている」。若いころの仕事を語る姿を見て、この人こそ職人根性を持った、真に企業の宝とも言うべき存在であると感じた。
 なお中村組は、入社した社員が途中で転職するケースがほとんどないとのこと。離職率の低さはこの業界、あるいは他産業を見ても誇れるものである。
 
◇浜松の雄、情報化施工をフル活用

 防潮堤工事では、寺田氏が監理技術者として後輩の代理人の石田氏をある時は助け、ある時は指導し、ある時は現場全体で考え悩み、仕事をしながら技術の伝承も心掛けた現場体制をとるという。

連携のとれた現場では自然と笑顔があふれていた
今後の本体工事には、情報化施工技術を導入する。まずは、ブルドーザーによるCSG材敷き均しに、3次元データをベースにGPS(全地球測位システム)を利用したMG(マシンガイダンス)技術を採用。これはオペレーターの確保と施工バラツキの防止に資するものだ。
 また、振動ローラーによるCSG材の締め固めでは、ローラーの位置情報にGPSを利用し、回数管理に活用する。これにより、品質確保の効率化と精度向上を図る。
 前述の通り、中村組は中部地方でも情報化施工に積極的に取り組んだ企業の一つであるが、いままでの一般土木工事では現場条件の制約もあり、TSによる出来形管理がほとんどだった。
 今回の本体工事は4つの工区に分けられ、中村組が関わる第4工区は3社JVで担当する。施工延長1360m、盛土量約42万m3という大規模な現場であり、情報化施工技術をフル活用できる。

◇脈々と受け継がれる先代の魂

 筆者からは『三方良し』を実践し、また働く人が誇りを持ち、生き生きと仕事をするため、▽施工情報の整理▽現場サポート役としての本社の役割▽CCTVによる市民に対する「現場の見える化」の工夫▽ダンプトラック土砂運搬でのスマートフォンGPSによる運行管理▽一歩進んだ安全管理--などを提案させていただき、議論が大いに盛り上がった。
 議論の時でも中村社長、小粥部長、寺田課長の目の輝きはすばらしいものがあり、その輝きの奥には、先代中村社長の姿が見えた気がした。仕事への情熱はもとより、現場で働く人を大事にされた先代社長の魂が、いまの会社にも脈々と受け継がれているのを感じ、胸が熱くなる思いであった。
 「すばらしい仕事を期待しています」とのエールを送り、雨の浜松を後にした。

【浜松市沿岸域防潮堤整備事業】
 地元に恩返しがしたい--。浜松市創業の大手住宅メーカー、一条工務店グループの寄付金300億円をもとに、同市沿岸域で最大クラスの「レベル2津波」相当に対応できる防潮堤の建設が本格化しようとしている。

高さ13メートル程度の防潮堤が後背地の安全・安心を守る
2012年6月に同社と静岡県、浜松市の3者は、防潮堤整備に関する基本合意を締結。県が工事を担当し、市が必要な土砂を提供することなどが決められた。
 工事区間は、浜名湖入り口東岸から天竜川西岸までの約17.5㎞。早期完成を目指すため、用地買収が不要な保安林区域の官地内に防潮堤を築くことにした。高さ13m程度の長大堤が後背地の安全・安心を守る。
 建設に当たっては保安林の再生が可能で、津波や地震に対しても十分な強度を持つ「CSG工法」を採用する。CSGは土砂とセメントを混合したもので、近年はダム工事でよく使われている。
 この現場では、約25㎞離れた阿蔵山の土砂をCSGの母材としつつ、現地の浜砂も活用する。これにより、運搬土砂の全体量を3割程度縮減できるという。
 防潮堤のコアとなるCSGの幅は約20m。一定区間ごとに、現場で製造したCSGを順次敷き詰め、最終的には40層程度を積み上げて高さ13mのCSG堤を築く。一部区間は堤高を15mまで引き上げる計画だ。その後、周囲に盛土・覆土を施し、防風や防砂、潮害防備だけでなく、環境・景観に配慮した市民憩いの場となるよう樹木を植える。
 県が試算したレベル2津波に対する防潮堤の減災効果によると、何もしなければ1468haに及ぶとされる宅地の浸水区域は、270haへと約8割低減できる。ほとんどの区域は浸水深2m未満に抑えられ、2m以上の区域は実に98%低減を見込む。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)

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