2011/07/28

けんちくのチカラ 演ずるプロが語る・タレントの清水ミチコさん

 伝説の小劇場として今も語り継がれる「渋谷ジァンジァン」は、東京都渋谷区の東京山手教会地下に造られた。この地下は、建築構造上生まれた柱が斜めに中心を貫き、特異な空間を造っていた。それがアンダーグラウンドの世界に受け入られて、1969年から2000年まで、数々の文化人、「才人」を輩出する発信地となった。タレントの清水ミチコさんもその一人だ。モノマネでデビューを果たし、頭角を現していった。「劇場って生きているように個性があると思います。建築された後からお客さんや出演者に育てられていくものなのでしょうね。ジァンジァンは私の原点。人格があるとしたら、プライドが高くて、売名行為に走らない。そこが大好きで、憧れの場所でした。舞台に立った時は本当にうれしかったですね」。そう話す清水さんにジァンジァンを中心にライブ空間などを聞いた。
(津川学)


現在の東京山手協会
 渋谷ジァンジァンは、前衛芸術、アンダーグラウンド発信の地として、およそ30年にわたって多彩なエンターテインメントを育ててきた。美輪明宏さん、永六輔さん、中村伸郎さんなどが初期を代表する出演者だ。清水ミチコさんがこの舞台に立ったのは1986年。ピアノによる音楽パロディーなど独特のスタイルで瞬く間にファンを獲得していった。
 「月に1回、アマチュアにステージを貸し出すシステムがあって、そこに応募してテープ審査に合格したんです。それ以前は、ラジオ番組の構成作家、DJをやっていましたが、番組が終わってどうしようかと考えていた時でした。ジァンジァンで自発的にライブハウスに立ったということで、私はここで『勝手にデビューをした』と冗談混じりに言っています」(笑)
 その建築空間の記憶は鮮明だ。
 「ライブハウスとして結構『致命的』ともいえるデザインだったのが、真ん中に大きい柱があったこと。ですから『お客さん』と呼び掛けた時に、左右を向かないとお客さんが見えないんです。間口が狭いので、中もそう広くはないだろうと思うと、想像する2倍ほどの広さがあって驚きました。そういう不思議な空間でもありました」
 もともとは駐車場、機械室として利用されていたが、そこが偶然アンダーグラウンド文化人の目にとまったようで、69年からライブハウスとして使われ、注目を集めるようになった。
 現在は改装されて喫茶店になっている。中に入ってみるとその柱は装飾されて今も中央にある。店の人にステージがどの辺りにあったかを聞いたがわからなかった。中は間接照明で薄暗く、隠れ家の雰囲気を漂わせていた。ほぼ満席で、かなりの人数が入れる広さだった。
 清水さんは「何か才人の持つ空気みたいなものがずっと流れているような気がして、あやかりたいな、と思いましたね」と憧れの空間を解説する。
 客席とステージがかなり近かったので、ステージ度胸のようなものが身に着いたとも話す。「最初は勇気がいりましたね。もっとおもしろいことが言えると思っていたらなかなか……。でも劇場が閉鎖になるまで十数年続けていましたので、けっこう勇気をもらいました。そのおかげでいまはステージでも怖いと思うことが少なくなりました」
 渋谷ジァンジァンは清水さんの原点。「なくなった時は本当に寂しかった」
 ジァンジァンが閉鎖後、適当な場所が見つからなくてライブから少し遠ざかった。
 「ピアノのある劇場というのが思ったより少なくて。ピアノがあっても、ある程度音質がよくないと、私のように半分コミカルな演奏だとショーとして成り立たないんです」
 そして出会ったのが草月ホール(東京・赤坂、設計・丹下健三)。キャパシティー(530席)がある割にはこじんまりとして密閉感のある空間だという。
 「私の場合、『密室芸的』な感じがあるんですって。なので密閉感があった方がより一体になれるようです。青空の下でというタイプじゃないのかもしれません(笑)。でもお笑いや演劇は、舞台と客席が一体になれるような建築空間が大事ですよね。それとピアノがベーゼンドルファーとスタインウェイの2つあって、どっちにしますかと言われたのがすごくうれしかったですね」
 友人のジャズピアニスト、上原ひろみさんにこんな話を聞いた。「この子(ピアノ)は本当に鳴ってくれないとか、気取ってるとか弾くとわかる。野外で活躍するピアノもあるが、やさぐれた音にしかならない」という。
 清水さんは「多分、建築も見る人が見るとこれはすごく価値があるとか、人を呼ぶとかわかるのではないでしょうか。ピアノも建築も人間がつくったものは、つくった人、使う人などの思いがストレートに伝わるものなんじゃないでしょうか。不思議な感じがしますね。長く居たくなる空間、ちょっとあそこでお茶でもと言いたくなる心地よい居住空間というのはありますね」と体験を話す。
 芸能界に入る前に働いていたデリカテッセンの女性オーナーが、元建築家だった。「丹下健三さんのところにいたと言っていました。それまで建築には縁がなかったのですが、時々建築の話を聞いていると、建築もおもしろいなと思いましたね」
 生まれ育った飛騨高山に、吉島家という国指定の重要文化財がある。大黒柱、梁、束の吹き抜けが特徴の古民家。
 「小学校のころ、授業として見学に何度か行っていました。ここで私が高校生のころ、ジャズ喫茶をやっていた父が山本剛ピアノトリオのコンサートをプロデュースしました。その時、人がたくさん来ていてピアノが響いて、何かいい空間だなと思いました。小さいころは吉島家の良さがわからなかったのですが、建築のことを知り合いに教えてもらったりしてから改めて見ると、シンプルで力強さがあって、機能美というというのでしょうか、良さがすごくわかりました」
 今後は「ライブ活動を長く続けていきたいですね」と話す。演じてみたいホールとして、神奈川県立音楽堂(設計・前川國男)を挙げてくれた。
   *   *
(しみず・みちこ)岐阜県高山市出身。文教女子短大卒。1983年10月ラジオ番組の構成作家を始め、次第に出演もするようになる。84年4月テレビCMの声のキャラクターを始める(森永、バスボン、キンチョウ、全日空ほか多数)。86年2月渋谷ジァンジァンで初ライブ。87年4月フジテレビ系「冗談画報」にてテレビデビュー。87年10月フジテレビ系「笑っていいとも!」にて全国区デビュー。87年12月ファーストアルバム『幸せの骨頂』でCDデビュー。88年ゴールデンアロー賞芸能新人賞。88年リーボックベストフットワーカーズ大賞。

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