ヴァイオリニストの川井郁子さんは、一般的なクラシックコンサートに加えて、その枠を超え、より視覚に訴える「音楽舞台」という新しいジャンルに挑戦している。照明やセットを演劇のように使い、舞台を縦横に動きながら弾いたり、ほかのミュージシャンやバレエダンサー、映像とコラボレーションするなど、自分の思い描く世界を創り上げる。それを的確に実現してくれるのが東京・渋谷のオーチャードホールだという。
「あくまでも音楽が基にあって、その音楽でさまざまな人の気持ちや一つの世界観を表現したいと思っています。とても関心があるのは『音楽でどこまで飛べるか』ということ。従来のクラシック公演を大事にする一方で、お客さんと一緒に音楽に乗って、日常を離れた異次元の世界に飛べるといいですね。オーチャードホールは、お客さんとの一体感がとても強く感じられ、集中して高みに上がれます。ほかにはない不思議で、素晴らしい空間ですね」。夢は、いままでに見たこともない「音楽舞台」をつくることだ。
「私がやりたいのは、生の音をじっくりと聞いてもらうこれまでのスタイルのコンサートに加えて、その枠を超えて視覚的に音と相乗効果を持つような『音楽舞台』です。自分の思い描く世界観、人のさまざまな気持ちを言葉を入れず音楽をベースに表現してみたい。オーチャードホールは、従来のコンサートが中心ですが、これまで10公演くらいは毎回数曲、バレエダンサーや書道家と共演したり、スクリーンで日舞の舞や景色を映し出しながら演奏しています。ここは、その世界観を自在につくることができる素晴らしいホールだと思います」
総客席数が2150席。ホールの形は靴箱のような直方体で、ヨーロッパなどの伝統的なホールである「シューボックス型」だ。
オーチャードホール (C)Bunkamura |
「私は客席でいろいろな公演も見ていますが、良い意味でホールの中が気にならず、舞台に集中できるつくりになっていると思います。どの席でもとても見やすく、音もいい。だから、演じている私たちもホールの隅々までお客さんとの一体感を感じられます。自分の出す音も違和感なく聞こえて、とても弾きやすい。このホールでは、パーカッションなど他の楽器を入れることも多いので、だいたいPA(拡声装置)を使いますが、とても音がつくりやすい。もちろん生音でも弾きやすい。照明も自在になります。その意味で、オールマイティーなホールではないでしょうか」
目指す「音楽舞台」で大事に考えているのが、客も自分自身も「音楽で飛ぶ」「気持ちの飛翔」ということだ。
「お客さまとの一体感、ほかのミュージシャンやコラボレーションするダンサーなどと一体感が強いから、雑念がわかずに集中できて高みに上がることができるんです。このホールは、日常では行けない異次元の世界に飛べるという感じですね」
オーチャードホールのステージで観客として強烈な印象を持ったのが中国の女性舞踊家、ヤン・リーピンさんの『シャングリラ』だと話す。
「ものすごい感動で、本当にもう舞台の上で演じているということを忘れるような世界に連れて行ってもらいました。あれこそ総合芸術だと思いました。オーチャードホールでないとなかなかできないような気がします」
ほかのホールでは、新国立劇場で昨年、ロシアのバレエ界を代表するファルフ・ルジマトフさんと共演した。
「中劇場を使ったのですが、共演相手が刺激的だったのと、舞台がとても奥行きがあっていろいろなことができて、素晴らしい経験になりました。音楽舞台という意味では一つ階段を上ったような気がします」
神戸の「こくさいホール」はオーチャードホールに似ていて、生音もいいと言う。
「海外の劇場のような雰囲気を持っていて、お客さまはコンサートに出掛けてきたという晴れやかな気持ちになれるホールですね」
香川県の出身。瀬戸内海の自然に囲まれて育った。
「瀬戸内海の風景は、海が湖のように穏やかで、山も可愛いんです。壮大な自然というよりは、親しみやすい。身近に感じられる自然は、気持ちを温かくしてくれ、心を癒してくれる感じだったですね。小さいころ、母がよく高松市民会館に連れて行ってくれました。小さな町に住んでいたので、都会に来たという雰囲気があってうれしかった。クラシックとかバレエをよく見ました。何年か前に呼んでいただき、4、5回コンサートをやらせてもらったのですが、子どものころの印象に比べてずいぶん小さく思えました」
今後の音楽活動についてはこう話す。
「純クラシックでは、一度イスタンブールで共演したトルコ出身のピアニスト、ファジル・サイさんともう一度、生の音が素晴らしいホールで演奏をしたい。あの野性味あふれる演奏は忘れられません。そしてもう一つの『音楽舞台』の展開は、これまでに見たことのないものをつくりたいですね」
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