2013/02/16

【現場最前線】高いハードル越え水害と闘う 東京都の古川地下調節池

古川地下調節池のシールド切羽(東京都建設局第一建設事務所提供)
都心のど真ん中とも言える東京都港区・麻布十番周辺が水害頻発個所であることは一般的にもあまり知られていない。しかし、近年では2004年10月の台風で地下鉄南北線・麻布十番駅地下ホームが冠水。首都圏の公共交通に大きな影響をもたらすなど、この地域は過去に幾度も台風や大雨による水害に見舞われている。いま、ここでは水害から地域を守るビッグプロジェクトが進行している。都建設局が整備を進める「古川地下調節池」だ。都市土木特有のハードルを乗り越えながら水害と闘う同事業を追った。

◇都心河川整備の「大きな前例」に

 古川地下調節池は、河川の真下に整備する内径7.5m、長さ3.3㎞に及ぶトンネル状の河川構造物。貯留量は13万5000m3を誇る。
 現在、シールドマシンによる調節池トンネルの掘削は全体の約9割となる3000m付近に到達。今年度中にトンネル本体の掘削が完了する。
 15年度の完成を目指して、今後も排水施設、取水施設、設備や建築といった工事が進む。
 整備地となる渋谷川・古川は、JR渋谷駅前の宮益橋を起点に渋谷区、港区を流下して東京湾に注ぐ二級河川。区界となる天現寺橋付近を境に渋谷区側が渋谷川、港区側は古川と呼ばれている。
 都心部だけに、一般的に水害のイメージは薄いが、この流域は、1999年に時間最大115mmの集中豪雨により、浸水面積15.6ha、被害棟数627棟の大規模な水害が発生するなど、過去に台風や大雨によって幾度も水害に見舞われている水害頻発個所でもある。

調節池のしくみ
◇洪水をピークカット

 地下調節池は、洪水の危険性がある時間帯に水を調節池トンネルに取り込んで貯留。一難去った後で、流入した水をポンプでくみ上げて河川に放流する。都市化の進展や近年、増加傾向にある局所的集中豪雨への対応を背景に、河川流量のピーク時に水を一時的に地下に逃がすことで流域の浸水被害を食い止める仕組みだ。
 水害が頻発するなど、早急に対応が求められる地域では、調節池の効率的な配置が治水安全度の向上につながることは言うまでもない。
 というのも、大雨などで増大する河川の水を安全に流す中小河川の洪水対策は、河道拡幅や河床掘削の整備が基本となる。しかし、原則として下流側から進められる護岸の整備は長期間を要することが多い。
 また、古川の場合、老朽化した護岸の改修も急がれているが、沿川のすぐ近くに民地が迫っているケースも多く、現況護岸の外側に杭を打って進めていく一般的な河道の拡幅整備は用地買収にかかるコストや事業期間の長期化など課題が多い。
 都建設局では、老朽化した現況護岸の前面に新たな護岸を張り出す、いわゆる「前出し護岸」を採用しているが、これは、河道の拡幅と同等の治水効果をもたらす地下調節池の整備によって、初めて可能になる。洪水のピークカットと老朽護岸の整備をセットで進めていける点が、この調節池の整備効果の高さを端的に示していると言える。

◇河川の真下にトンネル

 しかし、地価が高い都心部に地下調節池のような大規模構造物を建設するには、事業用地の確保や都市土木特有の施工の難易度など乗り越えるべきハードルは高く険しい。
 特に事業用地の取得には、多大なコストと時間がかかるだけに、最低限の用地を効果的に活用しながら事業の進捗を図る工夫が求められる。
 実際に古川地下調節池の整備で用地を取得したのは取水施設の整備用地のみ。所管する都建設局第一建設事務所の林博志工事課長が「この工事で難しいのは自然に流れている河川の真下に正確にトンネルを通すこと」と話すように、用地取得を必要としない河川の下(30-40m)に地下トンネルを掘り進めている。
 沿川のほとんどがビルや家屋、首都高速道路の橋脚などに接している、都心部特有の課題に技術的側面から解決策を見いだした形だ。
 「特に川幅が13-14mという中で外径8mのシールドマシンを正確に推進する技術が求められる。大きくカーブを描く古川橋付近や、ほぼ直角に曲がる天現寺橋付近など、曲がりくねった河川に沿って掘り進めるには高い技術力を要する」と話す。
 また、シールドトンネルの途中個所で交差する地下鉄南北線やNTTの洞道との近接施工など、「当然、技術的に影響が出ない離隔をとってはいるが、徹底した計測管理のもとで工事を進めている」と都市土木ならではの難しさを語る。

◇都市土木特有の難条件

 12年11月、都建設局は中小河川における今後の整備方針をまとめた。時間雨量100mmを超す局所的集中豪雨への対応が求められる中、これまで都内一律としてきた目標整備水準を区部は時間最大75mm、多摩部は65mmに設定。1958年、関東地方に甚大な被害をもたらした狩野川台風規模の豪雨への対応を前提に目標水準を一段階引き上げた。
 都建設局は、50mm対応を目標に整備してきた河道の拡幅や掘削を継続して進める一方で、特に50mmを超すような局地的な豪雨(水害)への対策には調節池での対応を基本スタンスに据える。地域の洪水危険度に応じて、道路下などに設置する地下式調節池や公園などを活用した掘込式調節池を効率的に整備していく計画だ。
 今後、都市部でも複数の調節池の建設が見込まれる中、「非常に厳しい施工条件の中でも、やろうと思えばできるということが示せるという点で、この工事は大きな前例になれる」というように、都心のど真ん中で課題を乗り越えながら、整備が進む「古川地下調節池」は、都建設局が進める河川整備の一つのモデルケースになると言える。

◇線形に合わせ高精度の掘進実現

 採用しているシールドマシンは、中折れシールドと呼ばれる曲線施工でも安定して掘進できる工法。事前に川の曲がりを測量した上で「地下を掘り進むシールドマシンのセンター位置がきちんと地上の測量結果と整合しているかどうか確認しながら掘り進める」(林工事課長)などして、線形に合わせた精度の高い掘進を実現している。
 「円形に据えられている油圧ジャッキをコンピューター制御で自在にコントロールできるため、一部のジャッキを抜いても姿勢を制御し、部分的にセグメントを組みながら掘り進めることができる」ことに加え、工期短縮を目的に「カンゴウ継手方式の合成セグメントを使っている」という。
 また、排水施設(発進立坑)を整備した区立一の橋公園は真上に首都高が通る。立坑の外壁と首都高の基礎(橋脚)は2.5mほどの離隔しかなく、ミリ単位の慎重な施工管理が求められた。
 同公園は川を挟んで右岸と左岸に分かれているため、作業ヤードとして使える面積は想像以上に狭い。「立坑を設けた右岸側に残るヤードはほとんどなく、作業構台(橋)を渡して、左岸側をダンプへの積み込みなどを行う土砂ピットとした」
 「今回、泥土圧式シールドを選択したのも、泥水シールドに比べてプラント施設が小さくて済むことを考慮してのものだ。狭い中でも右岸と左岸の両側をうまく使う工夫をしている」と話す。
 ▽設計=日本シビックコンサルタント、本体施工=飛島建設・東鉄工業・ノバックJV
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)2013年2月15日 16面

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