東京・神田神保町の「ギャラリー珈琲店・古瀬戸」は、大壁画のあるユニークな喫茶店として知られる。壁画の作者は、洋画家でタレントの城戸真亜子さん。古瀬戸オーナーの加藤正博さん夫妻が「壁画のある店をつくりたい」と直接依頼、1988年4月の開店と同時に壁画を描き始め、4年で最初の作品『浮遊する桃』が完成。現在、『水』をテーマに描き替え中だ。壁に陶芸家・故加藤元男さんによる「黒陶」という陶板を使うなど、自然素材にこだわった空間でもある。城戸さんは「長期間で描く壁画は常に変化し、生きているよう。環境を変えるような大きな絵を描くのは性に合っていて、こうした場を与えていただいたことに感謝しています」と話す。
■環境、空気を変える大壁画
壁画が描かれているのは、珈琲店内の厨房側から入り口までのRのついた「陶壁」で、高さ2.7m、幅12mの大規模なもの。当初の幅は、店内奥までの約20mにわたっていたが、2年前から奥の部分をギャラリーとして使っている。
加藤夫妻との出会いは約30年前。城戸さんがある展覧会でインスタレーションをしていたときに加藤夫妻が訪れた。
「ご夫妻は海外旅行の見聞などから日本で壁画のあるお店をつくりたいということでした。その壁面はかなり大きくて、体力のある作家でないと描けないこともあって、私にということだったようです(笑)。たまたま、そのころ、私がテレビで体力測定をやったら、一緒に出ていた女子柔道の方に負けない体力があったのをご覧になっていたようです」
絵を描く壁はどういう素材がいいかなど、構想の段階から内装設計の神谷五男さん(都市環境建築設計所代表)、陶芸家の故加藤元男さん(加藤オーナーのおじ)らと検討会に参加した。神谷さんは加藤オーナーと芝浦工業大学の同期で、丹下健三に師事した。
「壁面は白い陶板でもいいということでしたが、当時、流行していたニュー・ペインティング(新表現主義)に惹かれていたこともあって、加藤さんがよく使われていた質感のある『黒陶』がおもしろいのではないかと申し上げ、採用されることになりました。陶芸という作品の上に作品を描くとことで『格闘技』のように大変なところもありましたが、加藤先生の力をお借りして、計算できないおもしろさが出たのではないかと思います」
城戸さんが考えたテーマは『浮遊する桃』。桃太郎の桃が流れてきて周りが幸せになったように、珈琲店に来た人に幸せが訪れるよう「良い兆し」の意味を持たせたという。加藤さんは「いわゆる桃源郷だと思います」と言う。
10年ほど前、新しいテーマで壁画を描き替えたいと提案、加藤さんも快く了解した。その後、いつでも描けるよう画材も用意してくれていたという。
■「ライブ」で描くおもしろさ
「なかなか行けず、少しずつ描き始めました。その時、ちょうど『水』をテーマにした絵を描いていまして、壁画もこのテーマに決めました。前作同様、『良い兆し』の意味を込めています。水は同じ表情がないことから、大変なときは長く続かない、良いときは一瞬を大切に生きるということなどを暗示できればと考えました。早朝の朝もやなど、輪郭があいまいな時間帯があります。そんな時空で現実を映し込む水面など、水が介在する風景が大好きです。水の魔法が自然のいろいろなことを教えてくれます」
子どものころ、自宅に江戸の禅宗の高僧「仙●(がんだれに圭)」の掛け軸があった。その書がおもしろくて、真似をして部屋の中の板塀に思い切り「落書き」をしたことがあったという。
「あまりにも勢いよく書いているので、親は『これは消してはいかん』と思ったのか、何も言われずしばらくそのままでした。子どもの『命の発散』のようなものを見守ってくれる土壌が、家庭にあったように思います。それが今の自分につながっているのかもしれません。ですから、環境、空気を変えるような大きな絵を描く方が自分の性に合っていますね」
■空間のコンセプト 古瀬戸社長 加藤正博さんに聞く
「この店のコンセプトは、内壁、外壁、店内をアートで埋めて、アートにつつまれた空間の中でカフェを楽しんでいただきたいということです」。古瀬戸社長の加藤正博さんはそう話す。芝浦工業大学で建築を学んだ加藤さんは、「カフェくらいは機能主義から脱して、ホットなものにしたかった」と言う。
外国旅行の好きな妻・高子さんの「ヨーロッパのようなカフェをつくりたい」という一言がきっかけ。加藤さんは「奥さんの要望に応えて楽しくやっているだけです」と笑うが、オープン当時は、海外の物まねではない日本のオリジナルな文化発信拠点誕生として、大手新聞社が次々に取り上げた。
開店した1988年4月、大壁画を依頼した城戸真亜子さんが、たまたまテレビのワイドショーの司会を始めることになった。そんな偶然もあって店は話題を集めた。出版社の集積する場所なので、作家などが訪れることも多い。
城戸さんが壁画を描き始め、例えば人物を描き終えて一区切りついたときなどに、拍手をする人もいたという。
加藤さんは、「吸水性の高い陶板にこれだけの壁画を描くにはものすごい体力が必要です。世界の一流アーティストに並ぶには感性はもちろんですが、体力がなければだめです。アートというのは自分の思ったことを表現できなければならないからです。城戸さんにはそれがあります」と指摘する。
■店の内外をアートで埋める
外壁の絵は、地域の人とアート制作を手掛ける大絵晃世さんが描いた。東京芸術大学美術研究科絵画専攻壁画研究室(博士2年)の学生だ。大絵さんは地域の人に演劇の物語を書いてもらうため、古瀬戸をリサーチしたのが縁で、加藤さんが2年前から始めた店内ギャラリーのキュレーターを務めていた。
大絵さんは「加藤社長と壁を眺めていて何か描こうということになりました。板塀3枚おきにということでしたが、描き始めたらコントロールできなくて……。癒しをイメージして全面にジャングルを描きました」と話す。
(きど・まあこ)愛知県生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業。1986年よりほぼ毎年個展を開催。東京湾アクアライン海ほたるの壁画など、パブリックアートも多数制作。学研・城戸真亜子アートスクール主宰、中日本高速道路懇談会委員、中部国際空港顧問、学研ホールディングス社外取締役なども務め、幅広く活動を展開している。
集英社より『ほんわか介護~私から母へありがとう絵日記』を出版。
【展覧会】
▽城戸真亜子展=4月6日(月)~4月26日(土)、場所・文房堂ギャラリー(東京都千代田区神田神保町1-21-1)
【建築ファイル】
▽建設地=東京都千代田区神田神保町1-7-1、NSEビル1階
▽壁画の大きさ=高さ2.7m、幅12m
▽内装設計=神谷五男
▽壁、「花柱」(装飾)などの陶芸=加藤元男
▽内装施工=総合装備
▽店舗面積=155㎡(RC造)
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■環境、空気を変える大壁画
壁画が描かれているのは、珈琲店内の厨房側から入り口までのRのついた「陶壁」で、高さ2.7m、幅12mの大規模なもの。当初の幅は、店内奥までの約20mにわたっていたが、2年前から奥の部分をギャラリーとして使っている。
加藤夫妻との出会いは約30年前。城戸さんがある展覧会でインスタレーションをしていたときに加藤夫妻が訪れた。
「ご夫妻は海外旅行の見聞などから日本で壁画のあるお店をつくりたいということでした。その壁面はかなり大きくて、体力のある作家でないと描けないこともあって、私にということだったようです(笑)。たまたま、そのころ、私がテレビで体力測定をやったら、一緒に出ていた女子柔道の方に負けない体力があったのをご覧になっていたようです」
絵を描く壁はどういう素材がいいかなど、構想の段階から内装設計の神谷五男さん(都市環境建築設計所代表)、陶芸家の故加藤元男さん(加藤オーナーのおじ)らと検討会に参加した。神谷さんは加藤オーナーと芝浦工業大学の同期で、丹下健三に師事した。
「壁面は白い陶板でもいいということでしたが、当時、流行していたニュー・ペインティング(新表現主義)に惹かれていたこともあって、加藤さんがよく使われていた質感のある『黒陶』がおもしろいのではないかと申し上げ、採用されることになりました。陶芸という作品の上に作品を描くとことで『格闘技』のように大変なところもありましたが、加藤先生の力をお借りして、計算できないおもしろさが出たのではないかと思います」
城戸さんが考えたテーマは『浮遊する桃』。桃太郎の桃が流れてきて周りが幸せになったように、珈琲店に来た人に幸せが訪れるよう「良い兆し」の意味を持たせたという。加藤さんは「いわゆる桃源郷だと思います」と言う。
10年ほど前、新しいテーマで壁画を描き替えたいと提案、加藤さんも快く了解した。その後、いつでも描けるよう画材も用意してくれていたという。
■「ライブ」で描くおもしろさ
「なかなか行けず、少しずつ描き始めました。その時、ちょうど『水』をテーマにした絵を描いていまして、壁画もこのテーマに決めました。前作同様、『良い兆し』の意味を込めています。水は同じ表情がないことから、大変なときは長く続かない、良いときは一瞬を大切に生きるということなどを暗示できればと考えました。早朝の朝もやなど、輪郭があいまいな時間帯があります。そんな時空で現実を映し込む水面など、水が介在する風景が大好きです。水の魔法が自然のいろいろなことを教えてくれます」
5歳くらい。「命の発散」を育んでくれる家庭環境だった |
「あまりにも勢いよく書いているので、親は『これは消してはいかん』と思ったのか、何も言われずしばらくそのままでした。子どもの『命の発散』のようなものを見守ってくれる土壌が、家庭にあったように思います。それが今の自分につながっているのかもしれません。ですから、環境、空気を変えるような大きな絵を描く方が自分の性に合っていますね」
■空間のコンセプト 古瀬戸社長 加藤正博さんに聞く
「この店のコンセプトは、内壁、外壁、店内をアートで埋めて、アートにつつまれた空間の中でカフェを楽しんでいただきたいということです」。古瀬戸社長の加藤正博さんはそう話す。芝浦工業大学で建築を学んだ加藤さんは、「カフェくらいは機能主義から脱して、ホットなものにしたかった」と言う。
外国旅行の好きな妻・高子さんの「ヨーロッパのようなカフェをつくりたい」という一言がきっかけ。加藤さんは「奥さんの要望に応えて楽しくやっているだけです」と笑うが、オープン当時は、海外の物まねではない日本のオリジナルな文化発信拠点誕生として、大手新聞社が次々に取り上げた。
開店した1988年4月、大壁画を依頼した城戸真亜子さんが、たまたまテレビのワイドショーの司会を始めることになった。そんな偶然もあって店は話題を集めた。出版社の集積する場所なので、作家などが訪れることも多い。
城戸さんが壁画を描き始め、例えば人物を描き終えて一区切りついたときなどに、拍手をする人もいたという。
加藤さんは、「吸水性の高い陶板にこれだけの壁画を描くにはものすごい体力が必要です。世界の一流アーティストに並ぶには感性はもちろんですが、体力がなければだめです。アートというのは自分の思ったことを表現できなければならないからです。城戸さんにはそれがあります」と指摘する。
■店の内外をアートで埋める
外壁の絵は、地域の人とアート制作を手掛ける大絵晃世さんが描いた。東京芸術大学美術研究科絵画専攻壁画研究室(博士2年)の学生だ。大絵さんは地域の人に演劇の物語を書いてもらうため、古瀬戸をリサーチしたのが縁で、加藤さんが2年前から始めた店内ギャラリーのキュレーターを務めていた。
大絵さんは「加藤社長と壁を眺めていて何か描こうということになりました。板塀3枚おきにということでしたが、描き始めたらコントロールできなくて……。癒しをイメージして全面にジャングルを描きました」と話す。
(きど・まあこ)愛知県生まれ。武蔵野美術大学油絵学科卒業。1986年よりほぼ毎年個展を開催。東京湾アクアライン海ほたるの壁画など、パブリックアートも多数制作。学研・城戸真亜子アートスクール主宰、中日本高速道路懇談会委員、中部国際空港顧問、学研ホールディングス社外取締役なども務め、幅広く活動を展開している。
集英社より『ほんわか介護~私から母へありがとう絵日記』を出版。
【展覧会】
▽城戸真亜子展=4月6日(月)~4月26日(土)、場所・文房堂ギャラリー(東京都千代田区神田神保町1-21-1)
【建築ファイル】
▽建設地=東京都千代田区神田神保町1-7-1、NSEビル1階
▽壁画の大きさ=高さ2.7m、幅12m
▽内装設計=神谷五男
▽壁、「花柱」(装飾)などの陶芸=加藤元男
▽内装施工=総合装備
▽店舗面積=155㎡(RC造)
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