2011/10/20

けんちくのチカラ演ずるプロが語る・歌手/加藤 登紀子さん

 歌手、加藤登紀子さんは毎年12月、ファンにはすっかりなじみとなった「ほろ酔いコンサート」を全国各地で開く。「産声」をあげた東京がことし39回を数え、スタートの日劇ミュージックホールが閉鎖となり、新宿のシアターアプルに移り、ここも閉鎖。2つのホールを「看取って」いまは、よみうりホールが会場だ。34回になる大阪もいまは3つ目の梅田芸術劇場を使っている。「40-50年使われ続けてきたホールは、重量感があって、温かい音がするところが多いと思います。いろんな音が染み込んでいて、魂のようなものを感じます。年輪を重ねたホールのコンクリートや木に包まれて、時代の変遷に思いを馳せることで音も変わってくるのかもしれません。建て替える方が経済的だということでホールを壊してしまう話を耳にしますが、もったいない。残念ですね」。そんな中で、30回を重ねた京都の会場は、「都をどり」で有名な「祇園甲部歌舞練場」だ。築後100年近くになるが、建物は内外観ともほとんど変わらない。ここは、加藤さん自身と母親の淑子さんにとって思い出深い場所でもある。
 祇園甲部歌舞練場は明治の初め、芸妓・舞妓のお茶と歌舞を披露する「都をどり」開催の場として造られた。明治維新の東京遷都に伴って、京都の衰退を危惧(きぐ)して京都博覧会が開かれることになり、その余興として考えられた集団での華やかな舞が都をどりだ。建物が現在の場所に移転新築されたのが大正2年(1913年)になる。いまも毎年4月に30日間の公演が続けられている。
祇園甲部歌舞練場

 京都生まれの加藤さんの母・淑子さんはことし96歳。幼いころ、家族みんなで都をどりを見に行ったことを鮮明に覚えている。
 「『いまはもうないことばっかりやから、書いておきたいんよ』と言って、3、4年前から母が書き始めた少女時代の話をことしの4月、冊子にしました。この中に、たぶん母が5歳くらいだと思うのですが、都をどりに出かけた時の興奮した様子が鮮明に書かれているんです。歌舞練場に行く道すがらの『心がせかされる』景色、下足のおじさんから長いひもの付いた木札をもらう話、歌舞練場の中のひな壇や花道の様子など、本当によく覚えていてびっくりしました。冊子に書かれているのは初めて聞く話がほとんどで、歌舞練場のこともこれまで話したことはありませんでした。母の記憶が今の歌舞練場そのままなので驚きました。そこでいま、コンサートをしていることは不思議な縁ですね」
 加藤さん自身も小学生時代を京都で過ごし、実は歌舞練場に縁があった。
 「同じ敷地の中に弥栄会館というホールがあるのですが、小学校の4-6年生までここでバレエの発表会に出て踊っていたんです。ですから、私にとっても大事なゆかりのある場所なんです」
 「ほろ酔いコンサート」の歴史は、文化を生み、育んできたホールの歴史とも重なる。長く続いている東京、大阪ではいずれも2つのホールの閉鎖を見届けた。その中で京都だけは、母親が心躍らせた90年ほど前と建物はほとんど変わっていない。
 「京都では、初めは先斗(ぽんと)町の歌舞練場を使っていましたが、少し狭かったので、いまの祇園の歌舞練場に頼み込みました。コンサートなどはほとんど貸し出していないのですが、ありがたいことに許可をもらって実現したんです。いまでは恒例となって、12月の第3週の土日に公演させていただいています」
 歌舞練場は音楽ホールではないので、その空間はいわゆる「デッド」で響きが少ない。「舞台の天井がとても低く通常のホールとは構造も違い、最初は音響的な難しさがありましたが、PA(拡声装置)スタッフも慣れてきて、いまでは問題なく公演しています。昨年は、公演の最後に花吹雪を降らせたのですが、天井が低いことでその演出効果がものすごく大きかった。事前に知らされていなかったせいもあってとても興奮して楽しかったですね」
 天井が低いのは、昔の照明がいまほど照度がなかったからなのではないかと話す。
 「客席中央の天井や舞台の赤提灯、左右にある花道はとても雰囲気があります。花道はよく使います。お客さんと一緒に歌ったりするので、ステージから花道に下りると客席の後ろまで行けますし、お客さんの顔もよく見えますから」
 音響についてはこう話す。
 「音楽の殿堂と言われるカーネギーホールは、2度公演していますが、確かに生でもすごくいい音がします。ドラムを入れたのでボリュームを抑えるのに大変でしたが。クラシック、ポピュラー、ロック、ジャズ、邦楽など音楽のジャンルで音の特性が違いますからホールもそれぞれ別でなければならないと思います。ある邦楽の研究者の方に聞いたのですが、和楽器というのはお座敷の襖や障子に合わせて作っているので、反射音などの響きはいらないそうです。残響があるホールは困ることがあるということです。歌舞練場は900席ほどの大きさを持っていますが、集団による歌舞ということで、響きがなくても後ろまで届いたのでしょうね」
 1000年以上の時を経て現存し続ける京都の寺社などを見ていると、自分たちがあくせくしてつくってきた時代はたかだか数十年だと気付く。
 「100年近い時を超えてきた歌舞練場でコンサートをすると、自分の来し方行く末をゆっくりと考えられてありがたいですね」
 戦後に建てられた市民会館のようなホールが、壊され建て替えられていくことがとても残念だと言う。
 「40-50年経った市民会館はすごくいい音がしているんですよ!計算され、鳴り物入りで残響何秒といって造られたホールよりも、知らないうちにいろんな音が染み込んで、コンクリートが乾いて、木がたわんできたホールの方が温かくて重量感のあるいい音が出るような気がします。壊した方がコストがかからず、安全性の問題もあるのでしょうが悔しいですよね。残念です」
 古いホールで歴史に思いを馳せることが、音楽にも大きな影響を与えるのかもしれない。
 「年輪を重ねたホールには幽霊もいるんじゃないかと思ってるんですよ(笑)。幽霊というか魂が宿っている。できたばかりのホールとは違いますね」
 東日本大震災以降をこう思う。
 「本当に皆さん真剣に自分の生き方を考えるようになったと思うんです。危険なことを心配するくらいだったら、質素に暮らした方がいいとかですね。何が大事なのか見つめているのが感じられます。私自身も同じです。自分の孫たちが安心して暮らせるような、ゴージャスなものはいらないから、命がきちんとつながっていくように、脱原発を急がなくては、と思います」

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