2012/08/25

「居心地のいい場所をつくる」関西若手建築家の群像 前田茂樹氏 

フランスのドミニク・ペロー・アーキテクチュール(DPA)でチーフアキーテクトを務めた経歴を持つ。自身にとってのいい建築とは「建つことによって居場所が多くなる建築」だとし、「配置計画と内部空間を均等に考え、多くの居心地のいい場所をつくっていきたい」と意欲を燃やす。

◇安藤事務所でアルバイト

 高校2年生の時に安藤忠雄氏の展覧会や書籍に触れ、建築家を志すようになった。阪大進学後に安藤忠雄建築研究所でアルバイトをするようになり、海外に飛び出し、自分の目でいろいろなものを見ることの大切さを教わる。3回生時に1年休学し、欧州や中東などを回った。この時、「ヨーロッパの広場は生きいきしているのに、なぜ日本の広場は誰にも使われていないのか」と強く感じたという。
 卒業後は東京藝大大学院に進み、藤木忠善教授に師事。坂倉建築研究所でのこと、またル・コルビュジエについて深く知るうちに、海外のコンペに想いを寄せるようになった。と同時に、いまの日本の建築はなぜこんなにつまらないのかと思うようになったとも。「いまとなっては、若気の至りだった」とはにかむが、心の中のもやもやを解消したのは、ドミニク・ペローの展覧会だった。「ここで働きたい」と思い定め、展覧会最終日にキュレーターに突撃。それが縁でDPAに入所することになった。

大阪富国生命ビル
◇DPAに入所

 同事務所で一番感銘を受けたのは「言葉でなく模型で会話する」こと。「言葉は通じなかったが、つくったものを褒めてもらえるのがうれしかった。赤ちゃんに戻ったような気分だった」という。経験を重ね、ロシアのマリインスキー劇場第2劇場では、音響設計を日本の企業(永田音響設計)が担当していることもあって内装設計を担当。「世界的な指揮者、ヴァレリー・ゲルギエフにプレゼンテーションするなんてことは、日本では想像もできない貴重な経験だった」と振り返る。
 DPAではこのほか、スペインのスカイホテルタワーや日本の大阪富国生命ビルなどに携わった。しかし、順風満帆な日々を過ごしていた08年ごろ、次第に日本に帰るタイミングを計るようになる。「仕事は楽しかったが、移民は移民でしかなく、ずっと住み続けるのは非現実的だった」という。
 そのころ、日本建築家協会近畿支部の「U-40設計コンペ」に参加。5人のファイナリストの一人に選ばれたが、そこで最優秀賞に選ばれた三分一博志氏(当時40歳)のプレゼンテーションに衝撃を受けた。「ご自身のこれまでの建築への考え方などを交えたもので、厚みや深みがあった」という。「(私は)当時35歳だったが、5年後にこんなプレゼンをするためには、自分が全責任を負った経歴が必要」と思い立ち、帰国と独立を決意した。
◇フォーマルでない場所
 帰国後、前田茂樹建築設計事務所(現・ジオ-グラフィック・デザイン・ラボ)を設立。初めての仕事となったのは、梅田阪急ビルに入居するリクルート関西のオフィス受付・応接スペース。パーティションにポリカーボネートを使用した半透明のパネルを活用し、開放感のある空間を創り出した。「応接室は会社の特定の部署には属さないパブリックスペース。公共空間をつくる感覚で設計した」
 現在は、住宅物件が進行中のほか、NGOが主催するバングラデシュのサイクロンシェルター国際設計コンペで最優秀に選ばれ、現地の測量段階に入っている。
 これからについては「海外での経験を生かし、都市計画などに携わりたい」と話す。「ペローは『機能性を担保しつついかに都市にかかわっていくか』と強く意識していた。奇抜さを排除しつつ機能的なところをまとめ、都市の中にインフォーマルな場所を多くつくっていきたい」と力を込める。
*   *
 (まえだ・しげき)1998年阪大建築工学科卒業、東京藝大大学院を経て2000年DPA入所。08年に前田茂樹建築設計事務所設立。10年ジオ-グラフィック・デザイン・ラボを共同設立。京阪電鉄中之島線の新駅企画デザインコンペ(大江橋駅)では最優秀賞を受賞した。堺市出身。1974年生まれ、38歳。

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