リニューアルオープンした東京都美術館 |
建築家・前川國男の設計による東京都美術館が1975年の完成から37年にしてことし4月にリニューアルを終え、6月末に全館グランドオープンした。現在開催されているリニューアルオープン記念「マウリッツハイス美術館展 オランダ・フランドル絵画の至宝」(9月17日まで)には連日大勢の美術ファンが詰め掛け活況を呈している。建築の持つ永続性を重視した前川建築の大規模改修に当たり、美術館側が基本方針に据えたのは「変わらない」リニューアルだった。
右手が建て替えた企画棟。 正面の中央棟、左手の公募棟と変わらない 「前川建築」の佇まいをみせている |
現在の建物は75年に完成した。機能的な要求から旧館(26年開館)の倍近い面積確保が求められる一方、風致地区の15m高さ制限や公園法などの敷地条件から、必然的に総面積の約60%を地下に設けざるを得なかった。
「展示される美術品に対して中立平静な背景を提供すること」「外部環境の疎外をできる限り避けること」「平凡な材料で非凡な結果を創出すること」--と基本設計説明書に記された設計方針のもと、エントランスを含むメーンフロアは地下1階に設定され、これを取り囲むように同じ形の4つの「四角い箱」が連続する公募棟と、企画棟、交流棟、中央棟、事務棟が配置された。
◇「迷路のような展示室」
このプランは外部空間を疎外せず、公園とのつながりを求め、かつ館内動線を分かりやすくすることを意図したものだったが、上下移動が多く、館内が薄暗いこともあって「迷路のような展示室」と呼ばれることもあったという。
特に建設当時にはあまり意識されていなかったバリアフリーへの対応が年を経るごとに強く求められていたほか、耐用年数を過ぎた施設整備の深刻な老朽化、搬入搬出の円滑化などの課題を解消するためリニューアルに踏み切った。
正門からロビーに向かう動線上にはエレベーターとエスカレータを新設 |
改修では、①躯体を残した大規模改修・前川建築の保存②新たな文化の発信拠点として再整備③美術館としてのアメニティーや魅力の向上④設備の全面更新・環境負荷の低減--を基本方針とした。
このうち、企画棟については展示スペースの中央にあったエレベーターやトイレなどのコア部分が観覧者の動線を遮っていたため、地上部を解体し、建て替えることによって広くフラットで自由な空間を確保した。天井高も従前の3・2mから4・5mとし、エスカレーターを主動線とすることでネックとなっていた上下の移動をスムーズにした。
中央棟も2階建てから3階建てに増築した。レストランとカフェを増設したほか、ミュージアムショップも質・量ともに大幅に拡充した。公募棟には水平方向に移動可能なパブリックスペースを設けたほか、出展団体の意見を踏まえて展示照明に美術用HF蛍光灯のウォールウォッシャーを採用、より繊細な調光を可能とした。さらに高齢者から子どもまで快適に利用できるようユニバーサルデザインを徹底したほか、建物内外のサインも全面刷新している。
LED化した照明もかつてのデザインを踏襲 |
改修設計を担当した前川建築設計事務所の橋本功所長は、「流行のデザインのパッチワークではなく、前川國男の建築精神を受け継ぎ、余分なものを付け加えない設計を心掛けた」と話す。「照明や空調などの設備は時代に合わせて改善する」が、全体の佇まいとして「50年後の人にも前川の精神が伝わる」ことを目指したという。
例えば、パブリックスペースに設置されたベンチやテーブルなどは建設当初からのものを修復して活用した。LED(発光ダイオード)化した照明のデザインも従前のものとほぼ同じものとするなど、建設当時の時代精神を次の時代に伝えるためのさまざまな工夫が凝らされている。
◇修復コストは新品なみ
同美術館の杉浦昭男管理係長は「什器や調度品の修復にかかるコストは新品を購入した場合とほとんど変わらなかった」と笑いつつ「観覧者や都民に親しまれている建物をリニューアルする意義は大きい」と語る。「赤レンガの風合いと四角い形がシンボルマークとして馴染み、ランドマークとして都市のイメージを決める」存在なのだと。
そのため、地上部を全面的に建て替えた企画棟の外観でも前川建築のキーワードの一つである打ち込みタイルを竣工当時の工法を参考に再現。「極めて高い施工技術によって、内装改修が中心だった公募棟や中央棟とデザインや見た目の差がほとんどないリニューアル」を実現した。
既存の躯体を生かしたために空間的な制約も多かったが、「現場の声や利用団体などの意見を積極的に取り入れることで計画段階から余分なものを取り除き、本当に必要なものだけを取捨選択した」とも。
◇アートの入り口に
グランドオープンから約1カ月半。「変わらない」をコンセプトとしたリニューアルに対して、来館者や出展者の一部からは不満の声も聞かれるというが、杉浦さんは楽観的だ。「パリのルーブル美術館もリニューアル直後は批判する声があったが、結果的には観覧者の利便性を大きく改善した。私たちも来館者にリニューアルの良さを実感してもらえるような取り組みを進め、アートの入り口としての役割を果たす美術館としていきたい」と意欲をみせた。
工事概要▽建設地=東京都台東区上野公園8-36
▽敷地面積=2万1460㎡
▽建築面積=7999㎡(改修前・6796㎡)
▽構造・規模=RC一部SRC・S造地下4階地上4階建て延べ3万7748㎡(改修前・同造地下3階地上2階建て延べ3万1983㎡)
▽設計・監理=前川建築設計事務所
▽施工=(建築)大成建設・名工建設・山口建設JV、(電気)中電工・旭電業・清進電設JV、(空調)大気社・東海テック・當木工事JV、(衛生)西原衛生工業所・協立設備工業JV、(昇降機)三菱電機テクノサービス、(エスカレーター)日立ビルシステム、(サイン・外構)新星建設、(太陽光発電)第一テクノ
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