地域コミュニティーや人とのつながりの大事さが、東日本大震災以降に広く認識され始めた。建築家にとってそれらは本分であり、活動のもっとも根幹をなすものだ。しかし、すべての建築家が地域に深く根差して活動しているとは言い難い。業務量の減少による競争の激化が、ますます建築家を本分から遠ざけている。
著者は、言わずと知れた山形の建築家である。かつて、英国人女性旅行家イザベラ・バードに「東洋のアルカディア」と言わしめた自然豊かな土地に育ち、まさに地域に根差した建築家として約60年にわたって活動している。
同書では、絵を描くのが好きだった少年時代から、職人、建築家へと続く道の要所で、多くの人との出会いが著者の人生をかたちづくっていく様子が描かれる。「出会いは運命的なものだが、求める気がなければ出会いはない」というように、人とのつながりは、決して偶然ではないことが分かる。
本当に地域と向き合おうと思えば、相当の覚悟が必要となる。「もし間違いがあったならば、地域社会は許してくれない」「地域の中で信頼を失ったらだめ」という同書の言葉からは、地域に生きる以上、地域のために活動しなければならないという責任感が伝わる。それは同時に、建築家は社会にとって必要だという信念の表れでもある。
地域を思う気持ちはどこからやって来るのか。「それは、ここで生きているのが気持ちいいから」。答えはいたってシンプルだ。
その地域に生きることで場所を愛し、自然を愛し、人を愛する。余計な感情はなく、純粋に地域と向き合い、未来につながる建築、まちを思い描く。その地道な積み重ねは、日本中のどの地域でも求められているはずだ。同書は「建築家会館の本」の第4弾として刊行された。
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