2012/02/01

けんちくのチカラ 女優・杉田かおると「シアターコクーン」

 女優の杉田かおるさんは、天才子役と言われた時代、テレビドラマの撮影で東京の映画会社の撮影所に毎日のように通った。撮影所は、雑草が生える土の上に建つ木造建築だった。自宅で過ごすより長かったせいもあって思い出も深い。「撮影所といえば『土』を思い出すんです。いつも土を感じていました。雨の日は靴に泥が付き、晴れた日は土ぼこり。ツユクサやタンポポが咲いていて、チョウチョやたくさんの虫がいる。そんな土の上の自然に囲まれて育ちました」。こんな原風景を持つ杉田さんが挙げてくれたホールが、東京・渋谷の「Bunkamura シアターコクーン」だ。7年前、蜷川幸雄さん演出の青春群像劇『キッチン』に出演、空間の心地よさを体験した。楽屋は使い勝手がいいのと、子役のころの撮影所のようにオープンでアットホームな雰囲気に感激した。劇場は、最後列の客席からも表情が見えるほどよい距離感を持っていると感じたと語る。

◇シンプルな作りがよい

 「舞台に出させていただいていると、楽屋が遠い劇場もあって、『早替え』の時なんかは舞台の近くで着替えることもあります。シアターコクーンは、シンプルな造りで動線も良く、上(かみ)手、下(しも)手のどちらからも楽屋にスムーズに行けます。使い勝手がとてもいいですね」
 「それと楽屋がオープンで、普段から、コミュニケーションが取りやすい空間になっている感じなんですね。それほど広くないので行けば必ず出演者の方と会える。『キッチン』の時は主役の個室が1つか2つで、あとは1つの部屋をみんなでシェアしていました。出演者の格差がなくてみんなで1つの芝居をつくっているという連帯感が生まれていました。30人ほど出演する群像劇でチームプレーが重要でしたので、あの雰囲気はとてもよかった。子役のころの撮影所のように団らんする場でもありましたね。演出家の方などがこの劇場の建築計画からかかわっていたと聞いて、納得しました」
 劇場空間そのものは、演劇にはほどよい規模だと感じたという。
 「最後列まで生の声が届いて、表情が見える。ちょうど良い大きさだと実感しました。舞台は周りを客席が取り囲む円形劇場のようなつくりで、背中にも配慮した芝居を初めて体験しました。料理の演技がすべてパントマイムというのも初めてでしたが、とても勉強になりました。蜷川さんの演出は、演技のほかに時代背景や民族性に基づく心情など、細かく微妙なプラスアルファを考えておられたのが素晴らしく、やりがいがありました。演じているのかどうかがわからないような自然な演技も重要なポイントでした。ですからお化粧は素顔に近く、汗も見える感じです。シアターコクーンの空間はこの演出を十分引き出してくれたと思います」

◇完璧すぎない方がいい

 「Bunkamuraは、オーチャードホールも映画館も東急本店もあって、駅からも近くてすごく便利ですよね。歩いていろいろなところに行けるのはいい。自分の学校があったので吉祥寺や下北沢が好きだったのですが、何よりも徒歩や自転車で回ることができるまちだったことがお気に入りの理由です。郊外に大型店舗があるまちにはコミュニティーが生まれづらいですよね。徒歩で回れるようなまとまった商店街があることで、顔見知りになって、お天気の話をするだけでも人間関係が生まれます」
 テレビや舞台の長い経験からこんなことも考える。
 「撮影所もそうですが、劇場などの建物はあまり完璧ではない方がいいのかもしれません。お芝居などの内容によって舞台が変わるわけですから、『すき間』や『余白』があった方が想像力が膨らみます。建築はあまり造り込まない方がいいような気がします。撮影技術なども同じようなところがあって、編集技術が進んで何回NGを出しても後から直せるようになったのですが、その分、役者さんの集中力がなくなって、画面から迫力が薄れていっていることを感じます」
 原風景の一つは撮影所。土の上の自然を実感できた子役時代の撮影所が大好きだった。
 「土の上に建っている木造の撮影所に行く時、雨の日は靴に泥が付いて、晴れた日には土ぼこりが舞っていました。ツユクサやタンポポが生えていて、いろいろな虫もいました。通学路でも道端の花や雑草をじっと見るのが好きだったので、土を感じられる撮影所が大好きでした。家に居る時間より撮影所の時間の方が長かったので、楽屋は大切なところでもありました。撮影所の楽屋はスタッフの人たちが一緒になって団らんする場所で、とてもいい時間を過ごすことができました。いまでもそのころの木や雨の匂いが好きで、自然に囲まれた場所で暮らしています。九州で自然農の畑づくりを始めたのも小さいころのそんな経験があったからだと思います」
AmazonLink: 杉田

Related Posts:

  • 【けんちくのチカラ特別編】シドニーパラリンピック代表・根木慎志さんとロンドン 聞き手・山嵜一也さん 2020年にオリンピック・パラリンピックが開催される東京都は、世界でも有数の「成熟」都市と言われる。さまざまな文化、さまざまな障がいを持つトップアスリートたちが集うこの祭典は、まさにダイバーシティの一大イベントである。東京は、その多様性に応えられる理想の成熟都市として、さらには人口減少・高齢化社会という人類史にない未来都市として、ハード・ソフト両面から進化を遂げるチャンスである。その端緒として、シドニーパラリンピック(2000年)で、男子車… Read More
  • 【けんちくのチカラ】洋画家・タレント 城戸真亜子さんとギャラリー珈琲店・古瀬戸@神保町 東京・神田神保町の「ギャラリー珈琲店・古瀬戸」は、大壁画のあるユニークな喫茶店として知られる。壁画の作者は、洋画家でタレントの城戸真亜子さん。古瀬戸オーナーの加藤正博さん夫妻が「壁画のある店をつくりたい」と直接依頼、1988年4月の開店と同時に壁画を描き始め、4年で最初の作品『浮遊する桃』が完成。現在、『水』をテーマに描き替え中だ。壁に陶芸家・故加藤元男さんによる「黒陶」という陶板を使うなど、自然素材にこだわった空間でもある。城戸さんは「長… Read More
  • 【けんちくのチカラ】作編曲家 渡辺俊幸さんとシンフォニーホール(米国・ボストン 人生の転機は24歳。場所は米国のボストンだった。作編曲家の渡辺俊幸さんは既に、日本でフォーク・グループ「赤い鳥」のドラマー、歌手・さだまさしさんのアレンジャーとして活躍していたが、オーケストレーション及びジャズを学びたいという思いと、米国の映画音楽に強く魅かれたことから、24歳の時にバークリー音楽大学に留学した。そこに偶然が重なった。ボストンに着いた翌日、たまたま買い物に行った店の人が、「昨日のテレビで見たんだけど、ボストン交響楽団… Read More
  • 【けんちくのチカラ】最も神に近づいた時間! 和太鼓奏者 レナード衛藤さんとアムステルダム旧教会 「今までで最も神に近付いた時間だったと思います」。日本の和太鼓奏者のレナード衛藤さんはことし4月、オランダの「アムステルダム旧教会(アウデ・ケルク)」でのパイプオルガンとの共演で、奇跡のような音の空間と出会い、そう思った。文化庁の文化交流使に選ばれての得難い経験の一つだ。旧教会の内壁には木がふんだんに使われている。高さ約20mの天井を持つ空間に、どこまでも音が広がってしかも「芯」があるのだという。「あれほどの音は初めて」。オルガン奏者が… Read More
  • 【けんちくのチカラ】写真家 明緒さんと伊東豊雄氏設計のまつもと市民芸術館 「いかようにでも舞台をつくれる。ここだけにしかない空間です。串田(和美)さんのオリジナル戯曲『空中キャバレー』では奇想天外としか言いようのない劇場の使い方をしているなと度肝を抜かれました」。そう話す写真家の明緒さんは、まつもと市民芸術館が2004年にオープンした当時から、ここでさまざまな舞台を撮り続けてきた。「実験劇場」という名の不思議な空間。それは、主ホールと小ホールの間にたたずむフレキシブルな、いわばブラックボックスで、「他では… Read More