2012/02/25

建築紛争にならない住宅の設計監理 兵庫県建築設計監理協会瀬戸本淳会長が勧める1冊

 建築主の想いの具現化を担うのが建築家の役割。しかし近年、設計・監理業務が負う責任の過大認識によって、建築家が苦境に立たされることが多くなってきている。建築紛争に発展するケースも増えてきているが、法曹界においても設計・監理の業務範囲を熟知している者は少なく、技術者にとって不利益な判決が下されることも珍しくない。監理業務における工事内容の具体的な確認方法や確認のための抽出頻度は、未だ監理技術者個々の判断に委ねられたままである。

◇建築家は何でもできるわけでない

 出版責任者を務めた瀬戸本淳兵庫県建築設計監理協会(兵庫設監)会長(瀬戸本淳建築研究室)は「近年、100%満足しないと気が済まない建築主が多くなってきた。また、『設計・監理の瑕疵による危険の損害賠償責任は引き渡しから将来にわたって続く』といった判決事例も出されている」と、危機感を募らせる。
 編集長として全体を統括した石田邦夫氏(黒田建築設計事務所)も「建築家は何でもできると思われることが多い。このままでは誤解が解けず、若い人たちが夢を持って建築界に入ってくることができなくなってしまう」と嘆く。

◇建築家の実情を知ってもらう

 同書の出版のきっかけとなったのは、兵庫設監の有志10数名で10年以上前の勉強会(住宅の設計監理研究会)だった。石田氏は「建築家と建築主の双方がしあわせになるために立ち上げた。その中で『裁判の意見陳述で建築家が実情を語っても解ってもらえない。じゃあ、実情を知ってもらえるよう、本にすればいいのではないか』という機運になった」と振り返る。
 勉強会ではそれぞれが実際に経験した問題を取り上げ、解決策を話し合ってきた。弁護士のアドバイスも仰ぎながら、実体験をもとに建築家のバイブルを完成させた。

◇工事監理でのトラブル多い

 同書の大部分を工事監理でのトラブル事例が占める。石田氏は「設計ミスは設計図書が残るため、事前の対策や以後の対処は比較的容易。過去にさかのぼることができないような事象は工事監理の責任になりやすく、大変な事態に陥りやすい。そのことを若い建築家に一番に伝えたい」と、想いを語る。
 勉強会に参加した有志はいずれも、地元兵庫で阪神・淡路大震災を経験し、さまざまな事象を体験してきたベテランばかり。瀬戸本会長、石田氏とも「震災を乗り越えた仲間だからこそ作れた」と口を揃える。「この本には経験豊富な建築家も勉強になるようなことがたくさん書かれている。すべての建築家はもちろん、建築家を志す人、法曹界にも読んでいただきたい」と瀬戸本会長は語気を強める。

◇若き建築家・法律家に贈る

 「若き建築家・法律家に贈る」と銘打った同書は、主に住宅建築において、設計・監理技術者が施主や施工者との間で起こりうる50トラブル例を取り上げ、対処方法やトラブルにならないための予防策を示し、設計監理者としての心得を提唱している。設計変更や品質のトラブルから、契約破談した施主による基本設計案の流用などといった具体的な事例も取り上げている。瀬戸本会長や石田氏のほか、萩尾利雄氏(萩尾建築事務所)、渥美充弘氏(APEX設計)、柏本保氏(アーキ・ノヴァ設計工房)、古田義弘氏(アトリエフルタ建築研究所)、吉田文男氏(アトリエフォルム)が執筆した。


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