2012/04/19

「現在と未来をつなぐ真壁伝承館」 渡辺、木下両氏に聞く

真壁伝承館 (写真:ナカサ&パートナーズ)
 伝統的建造物が数多く残る茨城県桜川市真壁にある真壁伝承館は、図書館、歴史資料館、集会施設、ホールなどで構成する。「真壁の伝建のおもしろさは、近世から明治、大正、昭和初期まで、さまざまな時代の建物が見られること。倉敷や川越のようなほかの重要伝統的建造物群保存地区と違い、伝統的建造物が分散し、一時代で構成されていない」と、渡辺真理氏は土地の特性を説明する。設計組織ADHの代表の渡辺さんらに聞いた。

木下庸子
◇歴史との共存

 プロポーザル段階での桜川市からの要望は大きく2つあった。一つは、歴史的建築が多い場所に、新しい施設をどのようにマッチさせるかということ。「悩んだ末に、地域の既存建物のプロポーションとボリュームを抽出し、再度組み合わせるという手法をとった」(渡辺氏)。この「サンプリングとアセンブリー」というまったく新しい手法を使い、歴史的な景観とまちなみを新しい施設に継承していく。
 「サンプリングしたボリュームは、かなり厳密にそのまま使った」(同)と言うように、屋根の勾配、形状は採寸したとおりのプロポーションとするなど、ルールを決めて徹底的にこだわった。木下庸子氏は「棟のジョイント部は、既存の建物に付随しているものでなくても、真壁にある建物から持ってきた」と、試行錯誤しながら組み合わせを探ったことを説明する。

◇場所性を読み解く


渡辺真理
 新しい手法の効果は、市からのもう一つの要望であった市民ワークショップ(WS)の開催にもプラスに働いた。「WSを開くまでは、住民の意見が一致していなかった。しかし、サンプリングした模型を3セット用意して、WSで3つのグループごとに配置計画についての話し合いを始めると、具体的に作業が進んでいった」(木下氏)。敷地に対して建物のサンプルがあり、具体像をイメージできたことが、住民の積極的な参加につながった。
 驚いたことに、3グループの作業結果に多くの共通点があった。既存の公園の面積を確保し、隣接する神武天皇遙拝所(ようはいじょ)の脇をオープンスペースにしてお祭りで御輿(みこし)や山車が集まる場所とするなど「住民は意識していなかったが、WSの作業を通じて多くの人が同じようなことを思っていたことが分かった」(渡辺氏)。
 場所性を読み解くことは、建築にとってもっとも重要な作業の一つだが、敷地の外と内を隔てる敷居は高い。
 「これまで日本の建築は『外とは関係ない』という姿勢が多かった。敷地の内側と外側を関係させる方法を考え始めてもいい時期ではないかと感じている」(渡辺氏)、「まちなみなどの漠然とした議論ではなく、この設計手法は敷地の外との関係性をとらえる手法として、やりがいがあった」(木下氏)。建築が外に向かうきっかけになる予感が漂う。

◇素材には現代を生かす

 ボリュームやプロポーションは徹底的にサンプリング結果にこだわったが、素材や表面は現代の技術を生かした。外壁の漆喰のように見える白い部分は遮熱塗料で、屋根は瓦ではなく金属屋根としている。日射の当たる外壁部分に施した杉の板張り裏の空気層は空調給排気のレジスターを隠す役割も果たしている。これらは伝統的建造物からは逸脱しており、特に屋根が瓦ではないことを疑問視する声があった。「河東義之会長(小山高専名誉教授)と藤川昌樹副会長(筑波大教授)を始めとする桜川市の伝統的建造物保存審議会のサポートがなければ実現できなかった」(渡辺氏)、「教育委員会を始め、クライアントに理解していただいた。関係者が価値観を共有できたことが、まとまりのある建築につながった」(木下氏)と、実現すべき目標を理解したチームの結束の賜と強調する。
 図書館は地元の子どもたちに大人気で、常に勉強する姿がみかけられる。「住宅の延長として使ってほしかったので、とても満足できる結果」(木下氏)、「一番のユーザーが子ども。そのことがとてもうれしい」(渡辺氏)。

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