2014/07/23

【本】美しさは屋根にあり 『屋根の日本建築』著者、今里隆氏に聞く

「日本の山里に行くと、遠くにまず見えてくるのが一際高い瓦葺きの寺の屋根。近づいて行くと点在する茅葺き屋根の民家や農家が見えてくる。親鳥とひな鳥のように、寺がその村を抱えて守っているような印象を受ける。美しい景色だと思う」
 著者である建築家の今里隆氏は、失われつつある日本の風景に欠かせないのが屋根だと言う。恩師の建築家・吉田五十八から学び、60余年の建築人生で培った信念の一つが「日本建築の美しさは屋根にある」という思いだ。

 日本の屋根の特徴は軒の深さにある。日本は雨が多く湿度が高いため、大陸から伝えられた浅い軒ではなく深い軒に変えていったといわれるが、今里氏はそれだけではなく日本人の精神性にもかかわると指摘する。
 「日本の屋根が社会的地位の象徴だったこともあるが、私は精神性に起因するところが大きいと考えている。軒を深くすることで雨や日光を防いで、建物が守られ、快適な空間ができる。これは、物を大切にする精神などとつながる。深い軒の大屋根の包容力や優雅な裾の広がりを好む美意識、軒下という内外の中間地点をつくることでの自然との一体感は、いずれも日本人の心とかかわっている」
  今里氏は、敷地を見に行った時から、周囲の景観に溶け込む美しい屋根の形をいろいろとイメージするのだという。屋根の形と素材が、建物の外観を大きく変えるからだ。
 「美しい屋根をつくるには、古建築を数多く見て形の美しさを学び、自分の感覚に取り込むことが大切だ。その感覚は育まれた感性にも左右されるが、古建築の美しさは、同じものを何回も見なければわからない。国宝になると屋根も含めてプロポーションがものすごくいい」
 例えば寺の柱や門。
 「唐招提寺金堂の柱は、等間隔ではない。プロポーションを考えて真ん中が広くなっていて、両側に向かって徐々に狭くなっている。多くの古建築の門は柱をわずかにハの字に傾けてあり、垂直ではない。一見してほとんど分からないように外側に転ばせて、見た目と強度に安定感を持たせている。こうした美しさに気付くには、優れた古建築と普通のものを見比べることも必要になる」
 日本建築の美しいプロポーションが、超高層建築に取り込めたら名建築として残るとも話す。
 「遠くから望める寺院の屋根、山麓に並ぶ民家の屋根など、日本の原風景が残ってほしい。これからも日本建築をつくり、語ることで、若者の中に眠る日本人の心を呼び覚ますことができたらと思う」

◆建築への思いを自伝的に

今里隆氏
著者の今里隆氏は東京美術学校(現東京芸術大学)で、近代数寄屋建築を確立した吉田五十八に師事した。建替え前の歌舞伎座は、吉田の下で設計にかかわり、昨年開場した歌舞伎座では劇場設計監修を務めた。日本建築をいかに現代建築に生かしていくかを追求し、これまで国技館(共同設計)、平山郁夫美術館、池上本門寺御廟所・大客殿、池坊本部ビル、金田中(料亭)、大平正芳邸、松尾敏男邸などを手掛けた。
 本書は、屋根の形状・素材の違う7つの作品を主に取り上げ、今里氏の「建築雑感」を自伝的にまとめている。現在は、日本建築の素晴らしさを次世代に伝えるため、執筆、講演活動も行っている。この本は「一般の人にも読んでもらいたい」と話す。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)

Related Posts:

  • 【本】登録技術を網羅! 2016年版『建設工法 NETIS』を発行  建設物価サービス(本社・東京都中央区、小松強社長)は、2016年版『建設工法 NETIS』を4月1日発行した。国土交通省のNETIS(新技術情報提供システム)に登録されている技術を分類ごとにとりまとめ、年版形式で毎年4月に発行している。  16年版では、約3500件の登録技術一覧を掲載するとともに、その中から約200件をピックアップして、写真やイラストなどを使ってダイジェスト形式でより分かりやすく紹介している。 さらに、NETIS登録技… Read More
  • 【本】イラスト・写真多用でわかりやすい! 大建協が『知っておきたい解体工事』発刊  大阪建設業協会は、解体工事の基礎知識を解説した『知っておきたい解体工事』を発刊した。建築物の老朽化や土地の有効利用など、解体需要の増加に対応。総合建設業の立場で、解体工事のポイントや知っておきたい基礎知識などを分かりやすく解説している。  築40年が経過したRC造10階建ての建物をモデルに、解体する上での注意点やポイントを事前調査から計画、管理まで工程に沿って解説している。イラストや写真も多用、必要不可欠な基礎知識が修得できるよう工夫… Read More
  • 【三条市】嵐渓荘緑風館、遠人村舎など詳しく紹介! 『歴史的建造物報告書』を刊行  新潟県三条市は、『同市歴史的建造物調査報告書』を刊行した。2010年度から実施している歴史的建造物調査の結果をまとめたもので、市指定有形文化財の升箕社や国登録有形文化財の嵐渓荘緑風館、遠人村舎、旧新光屋米店などを詳細な図面と解説文で紹介している。長岡造形大の平山育男教授と西澤哉子研究員が執筆した。  同報告書は市内の公共施設(中央公民館、栄公民館、下田公民館、図書館、歴史民俗産業資料館)に収蔵している。購入も可能で、価格は1000円。問… Read More
  • 【PIERS研究】イギリスの海岸リゾート桟橋に学ぶ『英国Piers調査報告書2015』を刊行  PIERS研究会(古土井光昭会長)は、『英国Piers調査報告書2015』を刊行した。英国の歴史遺産である海岸リゾート桟橋建設の歴史的な背景、調査した桟橋の歴史と現状、英国の桟橋と海岸整備の特徴などとともに、日本への応用にも考察を加えた。  同協会は、13年から3カ年にわたり、英国の桟橋(Piers)調査を実施。100年以上の歴史を持ち、現存する58本の桟橋のうち、56本を調査した。報告書では調査の目的と概要、調査した桟橋と周辺海岸の概… Read More
  • 【本】避難所として機能するには 『鉄骨置屋根構造の耐震診断・改修の考え方』  東日本大震災は、津波による被害があまりにも大き過ぎたため、そのほかの被害は目立たなくなってしまった。しかし、次の災害に備え、同じ轍(てつ)を踏まないようにするには、被害の実態と原因の究明は不可欠だ。  本書が取り上げている鉄骨置屋根構造は、RC造の柱などに鉄骨の屋根が載っている施設で、体育館や公共スポーツホールなどに採用されている。こうした大空間の施設は、災害が起きれば避難所に使われることが多い。東日本大震災では、揺れによって鉄骨の屋根… Read More

0 コメント :

コメントを投稿