2014/09/27

【担い手】「覚悟とやる気」のある人材をきちんと育てるには 原田左官工業所社長に聞く

募集しても応募がない、入社してもすぐ辞める、女性をどう雇えばいいか分からない……。建設技能労働者の若手人材に悩む専門工事業者は多い。原田左官工業所(東京都文京区)もそうした悩みを抱えてきた会社の一つだ。現在、女性左官職人で脚光を浴びる同社だが、男女に限らず、人材確保と育成に力を入れている。同社の取り組みを原田宗亮社長(写真)に聞いた。

◆モデリングで基礎固め
 10年ほど前は「高卒の職人が多く、同じ高校から5人入れば1人は残れば良いかなという感じだった」と原田社長は振り返る。だが、左官職人の約6割が50-70歳が占める中で、「20年後を考えると、若い人を増やして定着させないと、左官業界自体がなくなるという危機感があった」
 そこで3-5年ほど前から取り入れたのが、日本左官業組合連合会青年部が考案した「モデリング」という職人教育手法だ。入社した見習いは、一流の職人が塗る姿を撮影したビデオを繰り返し見る。本人の塗り姿もビデオに撮影し、一流職人との動きの違いを分析し、真似できるようにする。あわせて、塗りを1時間に20回という基準を設け、繰り返し練習で達成できるようにする。
 「技能は先輩の姿を見て、現場で覚えるのが当たり前」と強調するが、近年は入社してくる人の考え方が変化してきた。「先輩に見習いが付くが、先輩によって言うことが違って迷う。言葉も分からない、おっかないと感じ、雰囲気に慣れずに辞めてしまう。いまの若い人にとっては、まず教科書がある分かりやすい教育方法が、あっている」という人材の変化を察し、モデリングを取り入れた。
 「いままで1年、半年かかって覚えていたことを、2週間くらいで覚えられる」という育成スピードの早さもメリットの一つ。もちろん、「モデリングは、素振りのようなもの」であり、「現場で応用編を覚えていく」。そして、現場で迷った時にはまた「思い出せる基本」となる。
 分かりやすさという意味では、職人のステップアップに通過ポイントを設けている。
 見習い期間が終わる入社4年後の「年季明け」という全社員でのお祝い会だ。職人は本来、「20年も30年もずっと修行」という職業。しかし、「ゴールが遠すぎて想像できない」という。だから、4年という「目先のゴール」を設け、目標を与えることも定着のポイントと感じている。

◆社会保険で職人守る

 同社では、すべて社員として職人を約30人抱えている。一人親方で独立という仕組みは採用していない。「名人」と言われた職人だったが、50歳代で体を崩して引退せざるを得なくなり、「現場を離れると、経営もしたことがないし、収入もなく、安定しない」という晩年だった初代社長の経験を基に、「職人を守る」を経営方針に掲げ、「一定の年齢になったら年金がもらえるようにしよう」と、昔から社員に厚生年金をかけてきた。いまは引退した職人も「若いころは(年金を掛けることに)文句ばかり言っていた」というが、引退の段になると「やっぱり感謝された」
 もちろん、「左官職人を希望する高校生にとっては、社会保険が掛けられるから入社しようという選択にはならない」というのが率直な考えだが、「(社会保険が整っていると)ハローワークなどに求人が出しやすい。そして、親や先生がその企業を勧めるかどうかという段階で、そこは見るだろう」と若年層確保に一定の効果を感じている。

◆増える職人志向

 こうして人材育成・定着に取り組む同社。採用については、高卒だけでなく、大卒や転職組と多彩だ。職人の希望者が少ないと専門工事業界では言われるが、原田社長は「昔より職人志向の人が増えている」と感じている。3K(きつい、きたない、きけん)も理解した上で入社を希望するという。
 最近の特徴は、「職人志向の女性が多い」という。男性の職人志向も感じているが「女性の方が積極的」で、4月から9月初旬までで女性の見学希望者が6人を数えた。積極的な女性が多いだけで、男女に関係なく「本当に覚悟があってやる気のある人を、きちんと育てていきたい」という思いだ。
 同社で女性が現場に出るようになったのは、1980年代末ころ。当時、「本当に忙しくて、現場の材料運びでも良いから手伝いに行ってみよう」と内勤の女性が現場に出ることを希望したのがきっかけだった。ところが、ベテラン職人が現場に女性が出ることを敬遠した。その女性は左官の材料で模様を付けるという当時、珍しい取り組みに興味を持ち、それだけで仕事を受注するようになったため、女性だけのチーム「ハラダサカンレディース」を立ち上げ、一つの事業部として模様付けの事業を担うようになった。
 そうしているうちに、女性とともに仕事をすることに周囲が次第に慣れ、いまはチームはなく、男女が一緒に働いている。女性入社希望者が集まるいまの状況を「こんなふうになるとはあんまり思ってなかった」と笑う。
 1990年代初頭、建設業界では各職種で女性チームが立ち上がるなど、女性職人がブームになった。ところが、いまも女性職人が続いている会社は少ない。原田社長は「当時、働いていた女性は、世の中に受け入れられて、派手な仕事がしたい、という感じが正直、あった」と振り返る。本来、装飾など派手な仕事は、左官の仕事の一部。「ブームで目立つことが良いと言って入ってくる女性は、そのブームが去ると、本来やりたかった仕事ではないと感じる」。同社でいま働く女性は、「土間や補修も含めて左官であることを理解してくれている」。この左官という技能に対する理解が、女性職人が継続してきた理由ではないかと感じている。

【原田左官工業所左官職人 福吉 奈津子さん/周囲の協力得ながら続ける】

福吉奈津子さん
こうした職場で働く福吉奈津子さん。入社前に働いていた造園会社でうまくなじめず、「続けるために、女性をもともと受け入れている会社はないか」と思い、インターネットで同社を見つけ、10年前に入社した。同社にとっていまの若手定着のきっかけとなった世代の一人だが、「左官の仕事もまったく知らなかった。単純にデスクワークより自分に向いていると思って建築業で女性がいる会社を探した。あまり熱い志とかじゃなくて」とはにかむ。

取材時にはサンプルづくりの様子を見せてくれた
仕事内容は、「やっぱり大変だし、汚れたりする」。特に、「黒い墨をモルタルに混ぜる墨モルというのがあるんですけど、それがまぁ、粉が舞って、真っ黒になっちゃう。それは……もう嫌」と顔をしかめる。だが、それらは男性も嫌がる仕事で、女性に限った話ではない。「女性がいることが当たり前」の同社では、重いものを運ぶ作業も「やらなくていいとは言われない。見習いならもちろん、当然、やらなければならない」と、職人としてすべきことに対する意識の強さをかいま見せる。
 朝は6時半に会社に出社し、現場に向かう。遠い現場だと、夕方5時で終わってもすぐには家には帰れない。出産・育児を経て、福吉さんが続けることを決めてから、会社と福吉さんが続けるための方法を一緒に考えた。1年の育児休暇を取り、復帰後も徐々に勤務時間を延ばして慣らし、現場復帰を進めた。いまも周囲の職人や会社の理解を得ながら現場から直接、帰宅できるようにしている。それでも日によっては、帰宅が夜7、8時になることもあり、家族の協力は欠かせない。「毎日、夕方5時に現場が終わって、いったん会社に戻る形だったら、ちょっと続けられなかったかもしれない」と福吉さんは語る。
 原田社長は、「うちの仕事を分かっている人が(出産後も)戻ってきてくれるのが一番、良い」と “一人の職人”が現場に復帰してくれることに強い意義を感じている。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)

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