リサイタルだけでなく多彩な演奏活動を積極的に続ける若手ピアニスト・清塚信也さんは、これまで国内外で数多くのホールに接してきた。テレビドラマ、映画音楽のほか、病院でのボランティア演奏、ピアノ講座とまさにマルチ・ピアニストだ。東日本大震災の復興支援チャリティーコンサートも前向きに取り組んでいる。5年前の人気テレビドラマ『のだめカンタービレ』では、指揮者・千秋が弾く曲の吹き替え演奏で脚光を浴びた。5歳からクラシックピアノの英才教育を受け、研ぎ澄まされた耳と五感でそれぞれのホールの違いを敏感にとらえる。インタビューではホールの役割や特徴をとても論理的、明快に分析してくれた。中でも東京都千代田区にある「紀尾井ホール」は、「自分の出している音が客観的に聞こえ、お客さんとの呼吸まで一体感を味わえる繊細なホール」だと高く評価する。
「本当にうまくいっている時は、客席がぴたっと止まるんですよ。それこそ息を飲むというか……。それができていない時は『つじつま』が合っていないと思うんです。その意味でお客さんとの呼吸まで一体感を味わえる演奏ができたときは最高です。紀尾井ホールはそれがとてもよくわかる繊細なホールですね。それだけに怖いホールでもあります」
ピアノを弾いている時に何を考えているかとよく質問を受けるが、「いま弾いている演奏をお客さんがどう感じてくれているかをいつも考えている」という。
紀尾井ホールがお客さんの反応を細やかに感じられるのは、壁と天井を固い素材で造り、床をやや柔らかめにした建築空間構造が影響している。固い壁や天井にぶつかった「一次反射」と呼ばれる間接音は緊密で速度が早く、お客さんの耳に素早く届く。床には木を使い、その下に空気層を造って低音を響かせるようにした。
「お客さんにいい音が届いているかどうかがとても大切なのですが、演奏する音楽家にとっては出している音が自分自身にクリアに聞こえることが重要なんです。つまりは、自分がいまどういう音を出しているかが客観的にわかることが、いいホールの重要な条件だといえます。大きい音を出していると思っていても、物足りないんじゃないかとか、自分の音が聞こえないと不安になって、余計な心配をしてしまいます。音楽家はみんな思っていることですね」
お客さんに聞こえる音とほぼ同じ音が聞こえてくれば、調整がしやすい。聞こえない場合は、経験や勘に頼るしかないと言う。
「紀尾井ホールは、自分の出す音はクリアに聞こえ、客席の一番後ろの話し声も緊張感を持って伝わってきて、とても繊細なホールだと思います。800席という中ホールにしたことも良かったのかもしれません。クラシックのように緻密さが求められる音楽には非常にいい空間です。音の一つひとつの伸び、奥深さを表現するにはすばらしいホールだと思います」
ヨーロッパの留学経験から思うのは、本場のクラシックを演奏する会場が、「お客さんが聞く準備ができている場所にある、あるいはそういう環境が整っている」ということだ。
「演奏会場が、視覚的にも音楽的で、芸術的。たとえば教会での演奏は残響があり過ぎて良くないのですが、その雰囲気とともに、お客さんが仕事などの忙しさからリセットされて、音楽を聞くことに最高の幸せを求めてやってくる。お客さんに聞く準備ができているんです」
日本でもそういうホールがいくつかあり、中から「横浜みなとみらいホール」(日建設計)と「八ヶ岳高原音楽堂」(吉村順三設計事務所)を挙げてくれた。
「みなとみらいホールは、視覚的な内部空間、土地の雰囲気がいい。駅からホールに行くまでの通りも演出され、とても素敵です。標高1500mにある八ヶ岳高原音楽堂は、ロケーションが最高。中の空間は、天井も高く広いのですが、150席ほどしか客席をつくりません。スペースが随分ある特別な空間です。でもヨーロッパでは宮廷や貴族のサロンでの演奏がそういう生い立ちを持っていますので特別ではないんです」
印象深い演奏は、ギリシャ・クレタ島の野外で弾いた時のこと。
「お城の後ろのコロシアムのようなところで演奏しました。たとえば1700-1800年代を生きたベートーベンを弾く時はその時代の雰囲気を出すのですが、演奏会場がそのはるか昔にできた建物(場所)。すごく不思議な感覚で、ピアノがとてもモダンなものに思えた。音なんかあってないようなものです。建物の持つ力は音響などの科学的なものだけではないですね。人の感動は、奥は深いけれど結局はシンプルなもの。人間は一度にはそんなに情報を処理できない。見た目や表面的なことが大きく影響します」
子どものころに身近だった教会は、厳しさを感じるとともに、パイプオルガンの弾き手が見えないなど、演出の行き届いた芸術ではないかと後から思ったという。
「教会にはどういう用途で音楽が使われるべきなのかということも啓示されていた。そこに神秘性が生まれます。建築の持つ力は大きい。それにはどんな芸術表現も勝てません。共存することです。音楽家は、その空間に最もふさわしい演奏を考えなければならないと思います。建築家の方々にはぜひ、ヨーロッパのように自分たちが発する美しさを表現した建築を造ってもらいたい」
※ ※
(きよづか・しんや)5歳からクラシックピアノの英才教育を受ける。中村紘子氏、加藤伸佳氏、セルゲイ・ドレンスキー氏に師事。桐朋女子高等学校音楽科(共学)を首席で卒業。1996年、第50回全日本学生音楽コンクール全国大会中学校の部第1位。2000年、第1回ショパン国際ピアノコンクール in ASIA 第1位、04年、第1回イタリアピアノコンコルソ金賞、05年、日本ショパン協会主催ショパンピアノコンクール第1位など国内外のコンクールで数々の賞を受賞。
人気ドラマ『のだめカンタービレ』、映画『神童』の吹き替え演奏を担当し、一躍脚光を浴びる。知識とユーモアを交えた卓越した話術と繊細かつダイナミックな演奏で全国の聴衆を魅了し続け、演奏活動は年間100-150本にも及ぶ。
ピアノを弾いている時に何を考えているかとよく質問を受けるが、「いま弾いている演奏をお客さんがどう感じてくれているかをいつも考えている」という。
紀尾井ホールがお客さんの反応を細やかに感じられるのは、壁と天井を固い素材で造り、床をやや柔らかめにした建築空間構造が影響している。固い壁や天井にぶつかった「一次反射」と呼ばれる間接音は緊密で速度が早く、お客さんの耳に素早く届く。床には木を使い、その下に空気層を造って低音を響かせるようにした。
「お客さんにいい音が届いているかどうかがとても大切なのですが、演奏する音楽家にとっては出している音が自分自身にクリアに聞こえることが重要なんです。つまりは、自分がいまどういう音を出しているかが客観的にわかることが、いいホールの重要な条件だといえます。大きい音を出していると思っていても、物足りないんじゃないかとか、自分の音が聞こえないと不安になって、余計な心配をしてしまいます。音楽家はみんな思っていることですね」
お客さんに聞こえる音とほぼ同じ音が聞こえてくれば、調整がしやすい。聞こえない場合は、経験や勘に頼るしかないと言う。
「紀尾井ホールは、自分の出す音はクリアに聞こえ、客席の一番後ろの話し声も緊張感を持って伝わってきて、とても繊細なホールだと思います。800席という中ホールにしたことも良かったのかもしれません。クラシックのように緻密さが求められる音楽には非常にいい空間です。音の一つひとつの伸び、奥深さを表現するにはすばらしいホールだと思います」
ヨーロッパの留学経験から思うのは、本場のクラシックを演奏する会場が、「お客さんが聞く準備ができている場所にある、あるいはそういう環境が整っている」ということだ。
「演奏会場が、視覚的にも音楽的で、芸術的。たとえば教会での演奏は残響があり過ぎて良くないのですが、その雰囲気とともに、お客さんが仕事などの忙しさからリセットされて、音楽を聞くことに最高の幸せを求めてやってくる。お客さんに聞く準備ができているんです」
日本でもそういうホールがいくつかあり、中から「横浜みなとみらいホール」(日建設計)と「八ヶ岳高原音楽堂」(吉村順三設計事務所)を挙げてくれた。
「みなとみらいホールは、視覚的な内部空間、土地の雰囲気がいい。駅からホールに行くまでの通りも演出され、とても素敵です。標高1500mにある八ヶ岳高原音楽堂は、ロケーションが最高。中の空間は、天井も高く広いのですが、150席ほどしか客席をつくりません。スペースが随分ある特別な空間です。でもヨーロッパでは宮廷や貴族のサロンでの演奏がそういう生い立ちを持っていますので特別ではないんです」
印象深い演奏は、ギリシャ・クレタ島の野外で弾いた時のこと。
「お城の後ろのコロシアムのようなところで演奏しました。たとえば1700-1800年代を生きたベートーベンを弾く時はその時代の雰囲気を出すのですが、演奏会場がそのはるか昔にできた建物(場所)。すごく不思議な感覚で、ピアノがとてもモダンなものに思えた。音なんかあってないようなものです。建物の持つ力は音響などの科学的なものだけではないですね。人の感動は、奥は深いけれど結局はシンプルなもの。人間は一度にはそんなに情報を処理できない。見た目や表面的なことが大きく影響します」
子どものころに身近だった教会は、厳しさを感じるとともに、パイプオルガンの弾き手が見えないなど、演出の行き届いた芸術ではないかと後から思ったという。
「教会にはどういう用途で音楽が使われるべきなのかということも啓示されていた。そこに神秘性が生まれます。建築の持つ力は大きい。それにはどんな芸術表現も勝てません。共存することです。音楽家は、その空間に最もふさわしい演奏を考えなければならないと思います。建築家の方々にはぜひ、ヨーロッパのように自分たちが発する美しさを表現した建築を造ってもらいたい」
※ ※
(きよづか・しんや)5歳からクラシックピアノの英才教育を受ける。中村紘子氏、加藤伸佳氏、セルゲイ・ドレンスキー氏に師事。桐朋女子高等学校音楽科(共学)を首席で卒業。1996年、第50回全日本学生音楽コンクール全国大会中学校の部第1位。2000年、第1回ショパン国際ピアノコンクール in ASIA 第1位、04年、第1回イタリアピアノコンコルソ金賞、05年、日本ショパン協会主催ショパンピアノコンクール第1位など国内外のコンクールで数々の賞を受賞。
人気ドラマ『のだめカンタービレ』、映画『神童』の吹き替え演奏を担当し、一躍脚光を浴びる。知識とユーモアを交えた卓越した話術と繊細かつダイナミックな演奏で全国の聴衆を魅了し続け、演奏活動は年間100-150本にも及ぶ。
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