「日本文化は世界をけん引できる」。生田流箏曲演奏家の榎戸二幸さんは、古典楽曲のほか自ら作曲した箏曲を積極的に海外で演奏し、そんな可能性を実感している。箏曲を軸に、食や工芸品など日本文化全ジャンルを新たな手法で世界に発信すべきだとして、多方面にアイデアや提言を投げかけている。昨年は文化庁の文化交流使としても海外で演奏を重ねた。榎戸さんは、箏(琴)とは思えないスピードと迫力で演奏するスーパーテクニックを持つ。その源泉は、箏曲家・宮城道雄に師事した大叔母の故小橋幹子さんに3歳から受けたスパルタ教育にある。厳しい稽古の集大成には毎年、国立劇場(東京都千代田区)というひのき舞台が用意された。国立劇場は榎戸さんにとって忘れられない場所であると同時に、宮城道雄が箏曲を世界に知らしめた偉業を再現する拠点にもなると考えている。
◇スパルタ教育
榎戸さんが3歳の時にデビューした国立劇場は、外観が校倉づくり風のデザインを持つことで知られる。設計者はコンペで選ばれた竹中工務店の岩本博行氏。1966年に竣工した。大劇場、小劇場の2つの空間があり、このうち小劇場では、大叔母の小橋さんの門下生約100人が発表する「勉強会」が年に1度開かれていた。榎戸さんは東京芸大に入学する18歳まで、この勉強会で一人舞台と助演を務めた。
「小さいときは廻り舞台が面白くて、勉強会の日が楽しみでした。一組が演奏している時に、次の組が準備をしていて終わると回る仕組みでした。日本的な雰囲気が強い空間で、伝統芸能を演ずる場としては最高の舞台だと思います。それだけに、世界の芸術都市に東京を対峙させることを考え、国立劇場が歌舞伎座と並んで日本文化を世界に発信する拠点になってほしいと思っています」
国立劇場で発表するには、ミスのない演奏ができるまでひたすら稽古の日々で、子どものころは遊んだ記憶がない。小橋さんのスパルタ教育の一端をこう話す。
「私はほかの劇場での演奏も含めて毎月10曲くらいお稽古するのですが、すべての楽曲を暗譜しなければなりません。これがとにかく大変でミスは許されませんでした。それとお弟子さんが多いので、10分ほどのお稽古のために5時間ほど聴講しながら正座して待つんです。そして夜の11時ごろにやっとお稽古をしてもらいます。未だに忘れられないですね、足の痛さは(笑)」
廻り舞台は楽しかったが、順番がわからなくなって泣き出したこともあった。10歳の時にはストレスと過労で入院も経験したという。
◇スピード
現在は、箏曲の地位向上とともに、日本文化の世界発信に力を注いでいる。
「文部科学大臣の私的な懇談会などに参加させていただき、食文化、工芸といった全ジャンルの文化を海外へ発信することで、多くの外国人の方々に日本を訪れていただこうと、提案を申し上げております。昨年は、文化庁の文化交流使として、ドイツ、オーストリア、イギリスでの公演のほか、ロンドン五輪会場のジャパンハウスでは各国のVIPを前に演奏の機会をいただきました」
海外公演では、伝統的な琴の音色だけでなく、オリジナルのアップテンポの楽曲も披露。スピード感あふれる難度の高い演奏に「あれは何という楽器だ」と、琴への注目が高まり、榎戸さんの演奏にはいつも大勢の人垣ができる。
「海外で演奏してみて、これは世界に通底する音楽だと、箏曲の可能性を強く感じました。箏曲を始めとして、日本の伝統文化を国内からも世界に向けて発信しなければなりません。国立劇場はその拠点になってもらいたい。歌舞伎座と並んで演目はもちろん、建物の外観も伝統芸能の象徴になると思います」
小劇場のロビー |
琴のスパルタ教育を受けていた時、中学生で初めて海外公演を経験。「このときが世界発信の第一歩だったかもしれません」と話す。琴を演奏する人が減少し、琴を知らない世代が増えつつあることに危機感を募らせる。このため、個人でも国内外へ箏曲の発信を試みている。その一つがIT(情報技術)を使っての海外向けのレッスンだ。
「海外に居住してみて初めて日本の伝統文化を知らなかったことに気づく方が多い。その中にお琴を弾いてみたいという方もいます。昨年、ヨーロッパと東京をネットで結んで、3カ月ほど動画と音声を組み合わせたレッスンを試験的に行って成功したんです。個人で本を読んでシステムを作ったのですが、今はそういう時代です。これはほかの日本文化全ジャンルに広げられます」
2020年の開催に名乗りを上げている東京でのオリンピックは、こうした日本文化を発信するにはまたとない機会。まず、日本人が一致団結して東京オリンピック招致を成功させなければならない。招致活動には全面的に協力する考えだ。
「宮城道雄が箏曲の世界に出現した時、作曲した『春の海』を世界的女性バイオリニストのルネ・シュメーと共演し、世界にお琴という楽器を知らしめました。宮城道雄の側近だった大叔母から教育を受けた私は、その遺志を受け継いでいると思っています。もう一度、箏曲を世界の音楽にするのが私の夢です」
国立競技場外観(協力:(独)日本芸術文化振興会) |
設計=岩本博行氏(竹中工務店)
国立劇場は、歌舞伎や文楽など日本の伝統芸能を上演する目的で1966年に竣工した。独立行政法人日本芸術文化振興会が運営する。建物外観は、正倉院の校倉造りを模した伝統的な様式だが、素材はプレキャストコンクリート。サンドブラストで表面処理し、暗褐色の着色としたことで古い木材の風合いになっている。設計は公開コンペで選ばれた竹中工務店の故岩本博行さん。
建物内部は2つのホールで構成され、「大劇場」では歌舞伎、日本舞踊、雅楽などが、「小劇場」では文楽、邦楽、日本舞踊、雅楽、声明、民俗芸能などが上演される。歌舞伎と文楽は解説付きの鑑賞教室をそれぞれ1967年、69年から開いており、学生の授業の一環として利用されている。また、夜間に社会人を対象とした鑑賞会も開催されている。
日本芸術文化振興会の総務企画部総務課普及渉外係長の市川恵さんは「将来にわたって伝統芸能に親しんでいただくお客さまを育てていきたいと考えております」と鑑賞教室の重要性を述べる。
箏曲演奏家の榎戸二幸さんが3歳から舞台に立った小劇場は、590席の客席数で、舞台と客席の距離も近く一体感のある空間だ。小劇場での公演は客席と舞台が空間を共有できるような演目が多く、文楽の人形も最後列の席からでもよく見える。
小劇場では、直径12.7mの廻り舞台を使った素早い場面転換も可能。榎戸さんが子どものころ、楽しみだったという装置だ。さらに、文楽公演で人形遣いが舞台より一段低いところで動ける「舟底」が設けられている。これは、客席の視線の先に人形がくるようにするためである。日本舞踊などで使う「花道」もあり、床下に収納できるようになっている。迫りも計13設置されている。舞台は客席の約1.4倍とかなり広い。市川さんはほかの特徴として「出演される方からは『楽屋が舞台裏の同じフロアにあって、使いやすい』とお聞きしています」とも話す。
(施工=竹中工務店)
(えのきど・ふゆき)東京都新宿区出身。1980年~生田流箏曲を大叔母・小橋(高草)幹子(元東京芸術大学教授)に師事。東京芸術大学卒業と同時に第1回アカンサス音楽賞受賞。同大学大学院音楽研究科修了。これまでに海外30カ国以上公演。1995年高校生国際芸術コンクール最高位受賞。2007年八橋検校日本音楽コンクール八橋検校大賞受賞ならびに箏独奏部門第1位受賞。05年-10年 第1-7回榎戸二幸箏曲リサイタル開催(銀座王子ホール)。05年榎戸二幸CDアルバム「黎明」発売。「四季彩々」「緑の光」「永き時の記憶」自作発表。09年日経CNBC「エコノウーマン」テレビ出演、10年日テレ「ズームインスーパー」テレビ出演。12年文化庁文化交流使拝命。ロンドンオリンピックジャパンハウスにて演奏。ロンドンBBCラジオ出演。BS11報道プレミアム-ジュピターの英雄-レギュラー出演。
榎戸二幸公式サイトhttp://fuyuki52.com
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)2013年6月28日
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