ピアニストの仲道郁代さんは、音(音楽)が「媒体」としての強い可能性を秘めていると言う。従来のクラシックコンサートのほか、幼児のための読み聞かせを交えたコンサート、演劇とのコラボレーション、大学と共同研究など自身の活動を通してその可能性を広げている。「音を感じるのは耳からだけではなく五感を使っています。音は空気の振動。その振動が『空気感』で、建築は空気感に重要な役割を持っていると思います」。五感への音のアプローチが閉じられたホールは多いが、仲道さんが至福の環境を持つと言う「八ヶ岳高原音楽堂」(長野県)は、舞台後方が大型のガラス窓で、外に開かれた空間だ。ここに広がる立体的な自然は別次元の喜びを与えてくれるという。
大屋根と六角形の外観が美しい八ヶ岳高原音楽堂は、標高1500mの高原に佇む。ピアニストのスヴャトスラフ・リヒテルと作曲家の武満徹のアドバイスを受けて、日本の伝統とモダニズムの融合で知られる吉村順三が設計した。
「音はものすごく可能性のある『媒体』だと思うんです。音を通してお客さまが、自分を見つめることができる。五感を使って、外的な環境を感じることができる。その2つの側面を持っているのではないでしょうか」
「演奏するのは建物の中ですが、外と断絶されずに内外のボーダーなしに、さまざまな自然を感じて音に浸れる喜びはとても大きいですね。お客さまも、演奏する側も別次元の世界に行ったような感覚になります」
残響1・6秒という小ホールとしては申し分ない音響空間も確保している。「人間というのは不思議で、数値を超えた五感が快適さを決めるようです。八ヶ岳高原音楽堂の自然は何ものにも勝るという感じですね。その自然環境と建物に木をふんだんに使っていることで、音はとても温もりのある自然な響きだと思います」
閉じたコンサートホールでの音のアプローチでも、物の持つ質感から受ける影響は大きく、建築の空間は大切だという。
「より一層音楽の本質を考えていきたいですね。現在やっていることのほかに、五感を駆使して人と向き合うということを提案したいと思っています」
(なかみち・いくよ)桐朋学園大学1年在学中に第51回日本音楽コンクール第1位を受賞。国内外での受賞を経て1987年ヨーロッパと日本で本格的にデビュー。温かい音色と叙情性、卓越した音楽性が高く評価され、人気、実力ともに日本を代表するピアニストとして注目を集めている。
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