2015/02/27

【けんちくのチカラ】写真家 明緒さんと伊東豊雄氏設計のまつもと市民芸術館

「いかようにでも舞台をつくれる。ここだけにしかない空間です。串田(和美)さんのオリジナル戯曲『空中キャバレー』では奇想天外としか言いようのない劇場の使い方をしているなと度肝を抜かれました」。そう話す写真家の明緒さんは、まつもと市民芸術館が2004年にオープンした当時から、ここでさまざまな舞台を撮り続けてきた。「実験劇場」という名の不思議な空間。それは、主ホールと小ホールの間にたたずむフレキシブルな、いわばブラックボックスで、「他では味わえない『劇体験』ができる」のだという。ことし7月に第3弾が開催される『空中キャバレー』は、この実験劇場で上演されるもので、空中ブランコやアクロバットといったサーカス、オムニバス道化芝居、生演奏による音楽などキャバレー仕立ての大胆な演出で、ステージと客席が渾然一体となる。

主ホールステージ越しに実験劇場を見る。奥に収納式の客席がある
まつもと市民芸術館は、明緒さんの夫で俳優、演出家の串田和美さんが芸術監督を務める。4層のバルコニー席を持つ馬てい形4面舞台の主ホール(1800席)のほか、小ホール(288席)、実験劇場(360席)、4つのリハーサルスタジオ、レストランなどを備えている。主ホールは客席の天井が昇降することで容積が変化、演劇、バレエ、クラシック音楽、コンベンションと多様な用途で最適の音響空間を実現する。

◆「舞台の中の劇場」に芸術の可能性
 明緒さんが、その劇体験では群を抜く面白さだという空間が、実験劇場である。主ホールの4面舞台の後舞台に設けられた仮設劇場だ。客席はロールバック式で収納されている。「舞台の中の劇場」という位置付けで、これまでにはない劇空間としての新しい可能性に注目が集まっていた。
 そんな中で生まれたのが串田和美さんのオリジナル戯曲『空中キャバレー』だ。

「空中キャバレー」の一場面(撮影:明緒)
「芝居にサーカスと音楽が融合し、楽しくて儚(はかな)いパフォーマンスが展開されます。2011年に初演、13年に第2弾、そしてことし7月に第3弾の公演が決まっています。信州まつもと大歌舞伎と隔年で催すそうです。この実験劇場はそもそも舞台がないだだっ広い空間であること、天井が高いこと、仮設の客席を置けることなどから、円形の舞台にしたり空中ブランコ用のロープを吊るなど、他の劇場では考えられないような使い方をしています。串田さん曰く、『大道芸は広場を劇場に変える、空中キャバレーは劇場を広場にしちゃう。そういう発想なんだ』。こんなこと聞いたら、屋内であるはずの劇場で一体何が起こるんだろうって、観る前からワクワクしてしまいますよね」

「空中キャバレー」の一場面(撮影:明緒)
明緒さんのショットも俯瞰したり、フォーカスしたり、空間の出来事を自由自在に浮遊しているように見える。


 設計をした伊東豊雄さんもこの公演がとても印象に残っているという。「演技が始まる前に、ロビーを使った屋台村のような場所があるんです。そこには串田さんや役者さんがいるという不思議な演出でした。観客と一体になるような、実験劇場を本当に上手く使ってくれていると思います」
 明緒さんもこう話す。
 「実験劇場というのはまさに『使い方』にかかっているのではと思いました。劇場と劇場の間の『すき間』に毎回違う仮設の芝居小屋をつくる感じ。どこに舞台をつくろうかな、客席はどうしようかなと、その都度趣向を凝らすことができる。ふかふかのいすに座って観るのとは違いますが、芝居の内容プラス『自分がここにいること自体が面白い』と思える劇空間だと感じました。参加型というのはそういうことだと思いますし、強烈に印象に残るのではないでしょうか。『空中キャバレー』なんて、ぐるっと円形舞台だから向こう側にいるお客さんの表情も見えるし、必死で転換しているスタッフも隣りにいたりする(笑)。子どもは特に、そんなところも含めて楽しむのだろうなぁって。現実と夢が錯綜するサーカスにはぴったりなんじゃないかと思いました」
 生まれ育った青森県八戸市は、「シュールなイメージが強い」という。「生粋の県人ではないですけどね。寺山修司の世界は、肌で共感してしまう(笑)」。東京の自宅に近い井の頭公園が今はお気に入りの場所の1つ。「犬の散歩をしたり、友だちとピクニックしたり、本を読んだり、大道芸をしたり。いろんな人がそれぞれ好きなことをしていて、都会の公園という感じがしますね」

◆設計の視点 難しいプランニングを経て――建築家 伊東豊雄さんに聞く

まつもと市民芸術館の設計は伊東豊雄さん(伊東豊雄建築設計事務所)。敷地が不整形で狭く、周りが住宅街で高さ制限がかかり、地下水が浅く地下をつくるのも難しいという厳しい条件だった。
 伊東さんは「あんなにプランニングをするのが難しかった建築もなかった」と振り返る。コンペでは、1800席の主ホールを敷地中央に持ってきて、4面舞台を通常の「T字型」ではなく「田の字型」にする「勝負」に出て見事に当選した。

主ホールに向かう大階段
観客は正面から入って、2階への大階段を上りながら縦長の敷地の先端まで歩いて、そこから向きを変えて主ホールに入る格好になる。「こんなに歩くのはどうなのかという声もありましたが、大勢の人が入っても出入りがとてもスムーズです。それとお客さまが外から劇場に入ってホールまで少し歩くことで気持ちを高揚させることもできます」

外観
外壁は、GRCというセメントモルタルとガラス繊維の複合体。窓はそこにサッシュレスのガラスを象嵌(ぞうがん)するという手の込んだつくりだ。「大変だったのですが評判が良くてやった甲斐がありました。全体的に柔らかい光の空間になりました」
 実験劇場は、主ホールの後舞台を観客からも見えるようにしては、という発想から生まれた。「とても広い空間で、自由な舞台をつくっていろいろなことができると思います。串田(和美)さんは、街の中とか劇場じゃないところで、観客と演者が一体になった芝居をするのがお好きな方ですから、実験劇場はぴったりなのではないでしょうか。使いこなしてくださってますね」

 (あきお)日本大学芸術学部文芸学科卒。在学中にモノクロのセルフポートレートで応募した「週刊朝日」の表紙モデルを務め、撮影する姿をほとんど人前に見せることのなかった篠山紀信さんの撮影風景を写真と文章でつづるページを与えられる。このころから、特殊な現場での撮影が始まっていく。歌舞伎、現代劇、フランスのサーカス芸人、競走馬、北東北の農村歌舞伎などを題材としてルポルタージュやポートレートを撮影。「そこに生きる美しき者たち、人にはなぜ芸術が必要なのか」に強い関心を寄せている。
 ASIAN ART MUSEUM BERLIN、松本市美術館にて「IM INNEREN DES KABUKI」、銀座ミキモト本店で「Life in legacy-中村屋が受け継ぐ歌舞伎の世界」、ハッセルブラッド・ジャパン・ギャラリーでは「上海メモリー」など、国内外で写真展を開催。舞台、映画のポスターやパンフレットを数多く手がける。
 著書に『拝啓 平成中村座様』(2009年、世界文化社)、日本演劇史上最高傑作の音楽劇といわれる伝説の舞台であり、俳優・演出家・舞台美術家の夫・串田和美さんの代表作でもある『上海バンスキング』について写真と文章でつづった『わたしの上海バンスキング』(2013年、愛育社)などがある。
 Canon EOS学園東京校講師。

【建築ファイル】
▽所在地=長野県松本市
▽完成=2004年3月
▽設計=伊東豊雄建築設計事務所
▽施工=竹中・戸田・松本土建JV
▽構造・規模=SRC・RC・S造地下2階地上7階建て延べ1万9184㎡
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