2014/11/28

【けんちくのチカラ】最も神に近づいた時間! 和太鼓奏者 レナード衛藤さんとアムステルダム旧教会

「今までで最も神に近付いた時間だったと思います」。日本の和太鼓奏者のレナード衛藤さんはことし4月、オランダの「アムステルダム旧教会(アウデ・ケルク)」でのパイプオルガンとの共演で、奇跡のような音の空間と出会い、そう思った。文化庁の文化交流使に選ばれての得難い経験の一つだ。旧教会の内壁には木がふんだんに使われている。高さ約20mの天井を持つ空間に、どこまでも音が広がってしかも「芯」があるのだという。「あれほどの音は初めて」。オルガン奏者が見えず、耳だけが頼りの即興演奏だったことも、奇跡の音につながったのかもしれない。

レナードさんはことし7月までの1年間、文化庁が選んだ8人の2013年度文化交流使の一人として、ヨーロッパ各国とインド、アフリカのダンサーや音楽家らと創作活動や公演を展開した。
 「ダンサーを中心に各国の表現者と純粋な創作活動ができたぜいたくな時間でした。日本の美意識を伝えつつ異文化を柔軟に受け入れる表現を発見することができ、本当に感謝しています。これからも他国との交流をさらに進化させていければと思います」
 ことし4月にはオランダで、これまでまったく体験したことのない奇跡ともいえる音空間に遭遇した。それはアムステルダム中心街にある450年ほど前につくられた「旧教会」でのコンサート。レナードさんの和太鼓とパイプオルガンが共演し、「天と地の遭遇」の物語をお互いが奏で、大成功を収めた。

内部には荘厳なパイプオルガンが設置されている(photo:Asami Uchida)
「音が、ドーンと伸びていって、しかも跳ね返りがないのです。どこまでも広がりながら、芯のある音が響きました。一流のコンサートホールでも聞けないような圧倒される音でした。数百年の歴史を持つ木造の内部空間ですから、建物そのものが共鳴箱になっているのでしょうか。パイプオルガンの音色は、思わず『どこから音が』と声をあげてしまうほど、上から降りそそいできました」
 パイプオルガンは歴史的なもので、今と違って奏者が見えないつくりになっている。
 「お互いにアイコンタクトが取れず、耳だけを頼りにした即興演奏になりました。目からの情報が失われた時の集中力が試されたわけですが、音楽家に本来求められる身体感覚のような気がします。音楽のあり方としてはとても美しいと思いました」

 太鼓は古くから神との交信の手段として知られている。
 「これまでの演奏の中で、最も神に近付いた瞬間だと思いました」
 この教会の床は石造の墓になっていて、オランダの偉人も眠っている。
 「太鼓は霊を呼び起こす力を持っています。コンサートでいろいろな人が目を覚まされていたのではないでしょうか。もう少し叩いていたら石が動いていたかもしれませんね(笑)」
 神経を研ぎ澄ました創作活動の合間には、いくつかのホッとするシーンがあった。インドでは、宿泊先のホテルの前に観光用のラクダの乗り場があって、さっそく体験。

文化交流使としてインドに入った時のホッとしたひととき
「ホテルを出るとすぐ目の前に、タクシー乗り場のようにラクダに乗る人の行列ができていました。これは、おもしろいと思い、ホテルに戻って衣装に着替えて乗ることにしました。写真を撮ったのですが、とても良い感じの絵になったと思います。乗った感じは、音楽でいうと3拍子。関節の動きが不思議なリズムになっていました」

 父親は宮城道雄に師事した著名な箏曲家、衛藤公雄氏。幼少のころに失明し箏(こと)一筋で生きてきた人だ。1953年から約10年、米国で活躍。当時としては画期的だったカーネギーホールでの公演も果たしている。レナードさんは、父の渡米中のニューヨークで生まれた。

母・美重子さんに抱かれているのがレナードさん。左が父・公雄さん、その右隣が兄でパーカッショニストのスティーブエトウさん(ニューヨークの写真スタジオで)
「父は当時、箏を『担いで』船で1カ月かけてハワイまで行き、そこからプロペラ機でロサンゼルスに入っています。そういう『大航海時代』の渡米でした。ぼくが文化庁から文化交流使のお話をもらう前に父は亡くなったのですが、ヨーロッパの各国を1年かけて回ることと父の渡米とが重なり、運命的なものを感じました。ぼくの大航海時代が始まる。いまもそんな気概を持ち続けています」

演奏中のレナードさん
(れなーど・えとう)1984年から太鼓芸能集団・鼓童に参加。演奏や作曲だけでなく、音楽監督としてそれまでの太鼓のイメージを一新する活躍でグループを牽引。ひとつのスタイルを作り上げたその独創的な太鼓アンサンブルは、国内はもとより欧米の音楽シーンやエンターテインメントにまで大きな影響を与える。92年に鼓童を離れ、ソロ活動を開始。これまでに50カ国を超える国々で演奏活動を行っている。その活動の多くが異なるジャンルや表現者との創作やセッションで、共演者もボブ・ディラン、ザキール・フセイン(タブラ)、スージー&ザ・バンシーズ(英パンクバンド)、ピロボラス(米モダンダンス)、マルセイユ国立バレエ団、ニーナ・アナニアシビリ(バレエ)、布袋寅泰、堂本剛など多岐にわたる。また、楽曲も『JFK』『LION KING』『THE HUNTED』『THE THIN RED LINE』などのハリウッド映画やダンス・パフォーマンス、オリンピック競技演目、CM(ベンツ、adidas)などに数多く使用されている。2013年8月から14年7月まで文化庁文化交流使として活動。
 今後の活動として、14年12月には再び渡欧。南仏でダンス作品のための創作に入る。15年1月22日(木)、23日(金)には南青山マンダラにて1年半ぶりに日本でライブを行う。問い合わせ・南青山マンダラ・03-5474-0411。
 オフィシャルサイトはhttp://leoeto.com。文化交流使の記録動画も収められている。

【建築ファイル】
中性の面影を残す美しい外観

 「Oude Kerk」は英語ではオールド・チャーチで、文字どおり古い教会の意味。オランダ・アムステルダムの中心街にある1565年建立の歴史的建築だ。もともとは、地元漁師たちが13世紀、この場所に船乗りの守護神である聖ニコラスに捧げる礼拝所を建てたのが始まり。アムステルダムで最も古く、最も美しい建物といわれる。
 内部は木造で、本体のドーム部分は高さ約20mの高さを持つ。ヨーロッパの教会で最大級の木造天井として知られる。内部奥には荘厳なパイプオルガンが設置されている。日常的には礼拝に使われているが、木質空間の音響の素晴らしさから、演奏会場としても国内外の音楽家の高い評価を受けている。
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら

0 コメント :

コメントを投稿