2013/09/26

【本】宿を守り抜くオーナーがいた! 建築物語『匠たちの名旅館』

建築を題材に、こんなにわくわくするノンフィクションが生まれたことに感嘆するばかりだ。消えゆく「名建築」が多いなか、それを守り抜くオーナーの語りが胸に迫ってくる。
 作家・写真家として活躍する著者の稲葉なおとさんは、東工大建築学科を卒業し建築家のキャリアを持つが、専門家の視点だけでなく、事実をていねいに再構築し、そこに物語を紡ぐことで、新たな感動や気づきをプレゼントしてくれる。それも5年前の感動小説『0マイル』(小学館文庫)の時と変わらぬ「きれい」な文章、そして卓越した写真を添えて。
 本書は10年に及ぶ取材と撮影の記録。戦後日本を代表する「名旅館」をつくった3人の建築家を取り上げ、その足跡だけでなく、宿を守り抜いてきた館主らの語りに焦点を合わせている点が秀逸だ。

 3人の建築家の物語は、執筆の直接の契機となった「平田雅哉」作の「南紀白浜・万亭」から始まる。この建築家を知る人はどれだけいるだろうか。「関西に平田あり」と言われた名棟梁だが、建築を勉強した稲葉さんも聞き覚えがなかった。映画にもなった自伝には「悪い道楽のある人だったら、そういう道楽がなおるようにと思って設計を考える」などと記す。
 「芦原温泉・つるや」の記述では、先代の女将・吉田冨美子さんの一人語りが映画のシーンのように22ページにわたって鮮やかに描かれる。「感動の秘話」である。
 そして2人目が、和風旅館の概念を一変させ、客の目線を失わなかった吉村順三、3人目がいくつもの著名ホテルを設計した村野藤吾と、巨匠の名旅館が語られる。
 村野の宿やホテルは改装や廃業を余儀なくされ、消えていくものも多いが、守り続ける人がいる。奈良の宿坊は、坊さんがコンクリートも木も雑巾で全部拭く。建築家への感謝からそうするのだという。「40歳過ぎ」の建築なのに10代と言ってもいい若さを保つ。
 巧妙な「ストラクチャー」でリアルに立ち上がる3人の建築家とオーナーたちの姿。脳裏に焼き付く「建築物語」に、しばし時を忘れた。
(集英社インターナショナル・2310円)
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