わが国の建設産業の国際化は、進出のみの一方通行である。この点で感じたことがある。それは米国のゼネコンの一員として仕事をした時のことである。
米国では顧客のご機嫌伺い、御用聞き、おもてなしが不要だったから、営業は役員級だけの少数で案件の情報の入手と分析をこなすことだった。民間工事も公共工事もすべて競争入札であった。 会社のトップは役員の話を聞いて、応札のゴーサインを出す。その時点で仕事は営業から工事部長の手に移る。工事部長はトップの社長に直結し、中間職の重層構造はない。工事部長は、プロジェクトマネジャー(現場所長)の選定、積算、入札、契約交渉、顧客対応、着工後の現場の監視など一切を仕切るが、営業はしない。営業と工事の責任と権限の境目は明確だった。
所長は、現場のメンバーを職権で選ぶ。実績のある所長でも、人望がないとメンバーを充足できないことがある。辞令一本で、社員を動かすわけにはいかないのである。
所長は、現場に張り付き、現場統括と顧客対応に終始する。報告連絡と称して支店や本社に出張することはしない。その代わり、工事部長との連絡は密接である。毎日定時に電話かメールで報告し、時に意見を請う。工事部長は、定時連絡の前に、なすべき確認事項や指導方針を考えておく。工事部長は、所長より早期からかかわっているので、所長を相手にできるのである。プロジェクトの途中で異動の発令はない。
工事部長は数十件の現場を抱え、仕事量は膨大で激職であり、並の社員は責任が過大で体力的にきついこの要職に就きたがらなかった。米国では、例外なく上位者ほど激務なのである。
現場のメンバーは、所長から定常業務の権限を委譲される。その権限内である限り、所長は介入しない。そもそも上役の照査、承認の慣行や規則がない。その代わり、過失や過剰な助け舟の要請をすれば失点になった。信賞必罰は厳格だった。現場で手に余ることには、その対応を指示する義務が工事部長にある。そのために、支店や本社は専門的なスタッフを擁した支援機能を備えていた。現場まかせという「社内請負的」な放任がなかった。
所長は部下を考課する。その考課に対して、当人が承諾の署名をしてから、支店や本社に上げる。考課は一方的ではないのである。時には、所長や工事部長に対する考課を、顧客などの外部に求めることもあった。
工事中の現場にトップが顔を出しても、過剰な接遇をするわけではない。実務を淡々と処理するだけである。
このように、日米のビジネス文化のギャップは大きい。
今、日本のゼネコンが外国の異文化の中で活動しているが、逆に日本のビジネス文化に参入を試みる外国のゼネコンは稀有である。なぜだろう。
外国で、よその国のゼネコンは、現地法人や現場を本国籍にかかわらず多国籍で構成するが、日本のゼネコンは、現地法人や現場を原則として日本人で構成したがる。なぜだろう。
分かることは、ほかの国も米国とビジネス文化を共有していることだ。そしてわが国のビジネス文化は国際的に特異である、という事実である。
わが国のゼネコン各社は、自身のビジネス文化を自覚して、そのギャップを克服することが、本当の国際化のかぎであり、国際競争力の強化につながるということなのである。 (康)
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)
米国では顧客のご機嫌伺い、御用聞き、おもてなしが不要だったから、営業は役員級だけの少数で案件の情報の入手と分析をこなすことだった。民間工事も公共工事もすべて競争入札であった。 会社のトップは役員の話を聞いて、応札のゴーサインを出す。その時点で仕事は営業から工事部長の手に移る。工事部長はトップの社長に直結し、中間職の重層構造はない。工事部長は、プロジェクトマネジャー(現場所長)の選定、積算、入札、契約交渉、顧客対応、着工後の現場の監視など一切を仕切るが、営業はしない。営業と工事の責任と権限の境目は明確だった。
所長は、現場のメンバーを職権で選ぶ。実績のある所長でも、人望がないとメンバーを充足できないことがある。辞令一本で、社員を動かすわけにはいかないのである。
所長は、現場に張り付き、現場統括と顧客対応に終始する。報告連絡と称して支店や本社に出張することはしない。その代わり、工事部長との連絡は密接である。毎日定時に電話かメールで報告し、時に意見を請う。工事部長は、定時連絡の前に、なすべき確認事項や指導方針を考えておく。工事部長は、所長より早期からかかわっているので、所長を相手にできるのである。プロジェクトの途中で異動の発令はない。
工事部長は数十件の現場を抱え、仕事量は膨大で激職であり、並の社員は責任が過大で体力的にきついこの要職に就きたがらなかった。米国では、例外なく上位者ほど激務なのである。
現場のメンバーは、所長から定常業務の権限を委譲される。その権限内である限り、所長は介入しない。そもそも上役の照査、承認の慣行や規則がない。その代わり、過失や過剰な助け舟の要請をすれば失点になった。信賞必罰は厳格だった。現場で手に余ることには、その対応を指示する義務が工事部長にある。そのために、支店や本社は専門的なスタッフを擁した支援機能を備えていた。現場まかせという「社内請負的」な放任がなかった。
所長は部下を考課する。その考課に対して、当人が承諾の署名をしてから、支店や本社に上げる。考課は一方的ではないのである。時には、所長や工事部長に対する考課を、顧客などの外部に求めることもあった。
工事中の現場にトップが顔を出しても、過剰な接遇をするわけではない。実務を淡々と処理するだけである。
このように、日米のビジネス文化のギャップは大きい。
今、日本のゼネコンが外国の異文化の中で活動しているが、逆に日本のビジネス文化に参入を試みる外国のゼネコンは稀有である。なぜだろう。
外国で、よその国のゼネコンは、現地法人や現場を本国籍にかかわらず多国籍で構成するが、日本のゼネコンは、現地法人や現場を原則として日本人で構成したがる。なぜだろう。
分かることは、ほかの国も米国とビジネス文化を共有していることだ。そしてわが国のビジネス文化は国際的に特異である、という事実である。
わが国のゼネコン各社は、自身のビジネス文化を自覚して、そのギャップを克服することが、本当の国際化のかぎであり、国際競争力の強化につながるということなのである。 (康)
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