2005年11月の大手5社による入札談合など法律違反行為は一切行わないことの申し合わせ(5社合意)、06年4月の「透明性ある入札・契約制度に向けて--改革姿勢と提言」で打ち出した「旧来のしきたりからの決別」、いわゆる“脱談合宣言”は、発注者・コンサルタント・設計など建設産業界全体を巻き込んだ最大の転換点だった。指名競争から一般競争への大転換、小選挙区制移行、発注者を規制する官製談合防止法制定、営業停止と指名停止期間を発注者が大幅延長する中、改正独禁法と品確法が大転換を決断させた。静岡事件以降、さまざまな取り組みを進めてきた建設業界にとっても最後のチャンスだった。写真は2006年4月の土工協理事会・総会後の会見の様子。
◇しきたりから決別本格的な幕開け
旧来のしきたりからの決別について、05年11月の5社合意の半年前、日本土木工業協会(土工協)の葉山莞児会長(当時)の腹はすでに固まっていた。
だからこそ毎年5月から6月にかけて全国各地で開かれる土工協と国土交通省地方整備局などとの意見交換会後に開かれる支部総会での葉山会長の05年あいさつは例年とは違った。
この年、全国9地区での支部総会のあいさつの締めくくりは常に一緒だった。
「どのような課題が今後あっても、われわれは国民の期待にしっかり応え、魅力ある産業づくりを真剣に考え、安全第一を刻み込まなければならない」
「そのために、どのように考え、どういう行動をするか。またどういうことをやめるのか、このことが厳しく問われている」
この時、発注者の逮捕、独禁法違反企業への営業停止と指名停止長期化、06年1月からの改正独禁法施行など外堀は埋まりつつあり、土工協本部の幹部も「やめる」ことに腹をくくり始めていたが、会長発言の真意はこの時支部には届かなかった。
「しきたりからの決別」へ腹はくくっても、この動きを一気に進めたのが、05年11月の業界団体と国交省との懇談だった。談合問題で国交省と団体の懇談会は初めて。これを受け、大手5社首脳は同月、5社合意に踏み切り、本格的な「しきたりからの決別」への幕が開いた。
◇新たなモデル構築背水の陣で臨む
翌12月の土木4団体支部長会議後の懇親会は異様な熱気に包まれた。出席した準大手以下の土木担当役員は、「大手は徹底的な脱談合に取り組む」ことを確認するという一点の目的に集中していた。しきたり決別の時期、対象を含め内容によっては自社の受注予定を左右しかねないからだ。
また翌月からの改正独禁法施行を控えた12月末、土工協は日本建設業団体連合会、建築業協会の3団体連名で「コンプライアンス徹底」を要請。06年1月の建設業関係17団体共催の新年賀詞交歓会でも葉山会長は、コンプライアンス徹底への協力を訴えた。
2月には理事会で5社合意の経緯説明とコンプライアンス徹底へ向けた活動を決定。さらに理事会後の会見で葉山会長は、脱談合へ向けた検討会議設置に言及。3月には学識者も加えた検討会議が議論をスタートし、4月の総会で脱談合宣言とそのために必要な制度改善提言などを盛り込んだ「改革姿勢と提言」を公表した。
提言では「旧来のしきたりから決別し、新しいビジネスモデルを構築することを決意した」と宣言した。この提言は、新たな取り組みが痛みを伴うものであり、「誰もがハッピーになれるとは限らない」(当時の首脳)まさに後戻りをしない背水の陣で臨んだ成果だった。
大手主導に追随する形となった準大手の一部が06年1月、「旧来のしきたりの恩恵を最大に受けて成長したのも大手だ」と詰め寄った際にも、当時の大手トップは「指摘(恩恵)は否定しないが、やめると決めたからには協力していただくしかない」と突っぱねた。
しかし、「魅力ある産業」「胸を張れる産業」へ転換するための産みの苦しみとはいえ、決別宣言と具体的行動は、さまざまなハレーションも引き起こした。
◇熾烈な低価格競争への突入
その1つが国交省幹部が激怒した、相次ぐ熾烈な低価格競争への突入だ。脱談合による企業行動として当初から準大手トップの一部は過当競争突入への強い懸念を示していた。しかし大手を中心にした低価格競争に突入していった企業に対する自制要求が届くことはなかった。「競争激化は長く続かない。再編淘汰によって新たな秩序が生まれる」(当時のある企業トップ)との読みがあったからだ。しかしこの読みは外れた。
ハレーションはコンサル・設計にも及ぶ。従来ゼネコンが行ってきた施工前段階でのさまざまな手伝い、いわゆる事前協力をやめたからだ。またJV工事についても、本命不在で一時的な混乱が起きた。
しかし、土工協を中心とした「旧来のしきたりからの決別」の取り組みは、当時の幹部が「宿命からの解放」と例えたように、旧来のしがらみを断ち切ったことに他ならない。
◇市場の変化対応考えるのは今
担い手3法施行に伴う、さまざまな入札・契約制度導入が可能になり、現実に詳細設計付き入札やECI(アーリー・コンストラクション・インボルブメント=施工予定者技術協議)、土木分野でのDB(デザインビルド=設計・施工一括発注)など合法的な事前協力の実現や、単体企業応札も認める混合入札が当たり前になったことは、「旧来のしきたりからの決別」の取り組みがあったからこそ、実現できたものと言える。
供給力を上回る需要がある今は、「旧来のしきたり」や「しがらみ」を断ち切ったことによる好循環が生まれている。ただ今後、新設市場の減少がより鮮明になったとき、企業の生産性向上や品質確保の提案・努力の評価をさらに進める取り組みに迫られる可能性は十分ある。
■明日への提言 当時、日本土木工業協会会長だった葉山莞児氏
【市場原理に委ねるべき 貢献度を評価する仕組み必要】
旧来からのしきたり(談合)が残っていれば、次の世代にバトンタッチできない、負のイメージから決別すべきだということと、改正独禁法および品確法が施行される今がチャンスという判断があった。なにより、突然やめようと宣言したことは業界を始め世間にとっては衝撃だったと思う。ただ、しきたりからの決別によって、世の中(業界)が変わると思ったが、(当時の)総合評価でも価格重視の傾向はあまり変わらなかった。その結果、決別宣言後、価格競争が激化したが、本気度を示すにはやむを得ない、きれいごとでは済まされないことだった。今後とも建設業が正しく発展していくために、仕事が減った時はどうするのか、業界全体で考えていく必要がある。
1つ目の課題はこれまでと同様の技術や価格による評価に加えて、例えば大規模なプロジェクトの場合には構想・設計段階から一緒になって検討するなど、施工企業のさまざまな貢献度をオープンなかたちで評価する仕組みも必要となろう。次の世代の方には、ぜひとも考えていただきたい。
2つ目は将来、再び需給ギャップが拡大して経営が困難となる企業が出てきても、市場の原理に委ねるべきだ。統廃合もやむを得ない。個々の企業を助けると、建設業全体の疲弊を招いてしまう。仕事さえあれば人材は、必要とされる企業に移動できる。企業数の維持にこだわるべきではない。
今の建設好況時こそ、業界全体で、より良くするための議論を今以上に積極的に行ってほしい。
■明日への提言 当時、日本土木工業協会副会長だった山本卓朗氏
【透明性ある「随契」にすべき 中堅ゼネコンは合従連衡も】
なぜ談合が過去行われたのか。あるプロジェクトを進める場合、ゼネコンは設計などさまざまな段階で、事業をスムーズに行うため勉強や手伝いをした。これが談合というなかで評価された。つまり応札前の事前協力の評価で落札するわけで、形式的な入札が違法行為だった。だから脱談合のかぎの1つが不透明な事前協力をやめることだった。
しかし工期や工程、品質確保を含めスムーズに事業を進めるためには、施工段階前から施工者が知恵を出すことは必要だ。総合評価方式だけで進めるのには無理があるし、落札決定に過去のように外部から横やりが入る可能性も否定できないからだ。だから今後は、大規模事業については、合法的な事前協力によって透明性ある随意契約にすべきだ。脱談合は総合評価だけというなら知恵がなさ過ぎる。
今後の建設業界については、もっと大局観を持って大きな戦略を取ってほしい。過去は企業同士が合併しても1+1が2にもならないと言われていた。しかし今は、企業もスケールメリットを生かせる時代。準大手から中堅企業まで合従連衡も検討すべきだ。全国ゼネコンが海外強化が不可避なことも踏まえれば、行政も産業行政として、規模を大きくする合従連衡を打ち出すことも必要ではないか。
また、大手企業は今後の競争激化で競合相手の淘汰を待つとか、体力で蹴散らすということは、日本ではそぐわないということを理解してほしい。日本には「和をもって尊しとなす」という分け合う精神が底流にあるからだ。
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