そう遠くない将来、宇宙を舞台にしたSF(空想科学)の世界が、現実になる日がくるかも知れない。われわれにとって最も身近な存在の1つが、地球唯一の衛星「月」。人類の技術レベルは既に、月面基地の建設が実現可能な段階に達しているとも言われる。「月面とはいえ、ゼネコンとして基地の建設にチャレンジしたい」。東急建設が、壮大な夢のプロジェクトの一端に真剣に挑んだ。
月面開発を行うには、人の滞在拠点が欠かせない。しかし、月面ではプラスマイナス100度以上になる昼夜の温度差や宇宙放射線、隕石、猛烈な砂嵐など、地球とは比べものにならない過酷な環境が立ちはだかる。
これら外的要因から居住モジュールを守るため、東急建設技術研究所は宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同研究に取り組み、月の砂を使った土のうで擁壁を築く工法の実現可能性を検証した。
拠点モジュールの周囲に土嚢で擁壁を築き、隙間を砂で充填する |
時をさかのぼること約20年。ゼネコン各社が宇宙開発関連の提案を活発に行っていたころ、同社も得意分野の建設ロボット技術を生かし、月面に擁壁を造る「ルナー・テキスタイル工法」を考案、特許も取得していた。
JAXAが共同研究者を広く公募した「月面ロボットチャレンジ」に応募・採択され、本格的に研究がスタートしたのは2010年7月。「いずれ実現を迎える時に、会社に残っている若手に手掛けてもらいたい」(柳原好孝東急建設技術研究所メカトログループリーダー)との思いから、大学で宇宙ロボットを学んだ経験もあり、当時新入社員だった井上大輔さんを主担当者に抜てきした。
◇ゼネコン独自の視点
公募の時点では、拠点モジュール(直径4m、長さ5m、重さ3t)は月面を掘って埋め、砂をかぶせることになっていたが、「重力が地球の6分の1の月では、掘るという行為自体が難しい。掘った部分にはアリ地獄のように砂が流れ落ちる。掘削エリアも広くなる」(柳原リーダー)など、ゼネコンならではの視点から課題を洗い出し、土のうの積み上げによる掘らない工法を提案した。
採択後はまず、過去のアイデアを基礎に据え、土木的見地からの検証作業を進めた。月の模擬砂を使った遠心模型実験では、土のうが倒壊する圧力や崩れやすい個所などを把握し、十分な安全を確保できる構造にめどを付けた。
1/10スケールで制作した試作機 |
そして、『移動』ではなく『作業』する建設ロボットの試行錯誤が始まった。井上さんは「食品工場や包装業界の展示会に足を運びヒントを探し回った」。土のうは粉末薬などの包装に見られるような連続的なポケット型とし、ロボット胴体部はコンベヤーで送り出しながら土のうを次々に製造していく仕組みにした。ロボットのサイズも、日本のロケットに搭載できる寸法に収めた。
想定される実際の作業では、別のロボットで建設ロボットの上方から月の砂を投入。その砂を一定量ずつシート材で包み込み、できた土のうを積み上げていく。拠点モジュールを土のうで囲んだ後、隙間とモジュール上部に砂を充填する。
12年3月までの共同研究では、10分の1スケールの試作機を製作。浜松市の中田島砂丘で行われた実験では、屋外でも正常に動作することを確認した。井上さんらはその後、成果をもとに論文執筆や学会発表などに励み、多方面から高い関心を集めた。
◇今後も継続
研究開発分野では、時として先端を行きすぎる場合がある。「昔取り組んでいた研究をひもとき、再チャレンジすることは大事。あきらめると、そこまで積み上げてきたものがなくなってしまう」と柳原リーダー。
当初2020年代としていた政府の月面基地建設の目標年次は先送りとなったが、井上さんは「日常業務の合間を見つけ、継続的に研究をやっていきたい」とゴーサインに備える。
(写真提供:JAXA、東急建設)
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)2013年5月15日
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