「奈義町現代美術館」の『月』の展示室 |
◇すじ状の夕陽に探し求めた音を見る
小さいころからピアノを勉強し、国立音大のピアノ科を卒業した。
「大学で音楽美学という授業があったのですが、それまでピアノで弾いてきた西洋音楽ではなく、この授業では古代ギリシャ、中国、インド、日本などさまざまな国、時代の音楽の考え方を勉強しました。その結果、ピアノは大好きだったのですが、なぜ西洋の音楽が中心なのかという思いが強くなりました」
雅楽は中学のころに見た「舞楽」を始め、大学でも演奏を聴きに行くなど折々に触れる機会があった。さらに高校時代から聞き始めた作曲家・武満徹が作った雅楽『秋庭歌』にも強く引かれ、そのレコードを時折り聴いていた。
「なぜ、西洋音楽なのか」。この思いは大学卒業後も消えず、「自分の求める音を見つけたい」と、再び音楽美学を学び始めた。
希求する音探しは笙へと帰結。そこには運命的なドラマのような出来事があった。
「新緑の5月、1週間ほど降り続いた雨が止んで、水蒸気が立ち上る夕方でした。雲の間からすじ状に降りてくる夕陽をじっと見ていたら、その光と共振するように音が聞こえたように感じたんです。ものすごくどきどきして、何となくこれはあの『笙』の音ではないかと思いました。探していた音に初めて出会ったような気がしました。そして家に帰って武満さんの『秋庭歌』を聴いたら、その『笙』の響きがまさに夕陽に見た音でした」
ほかの音楽家に比べると美術館や屋外で演奏する機会が多いと言う。
◇「回音壁」にも似た相性がいい音響空間
取りあげてくれた「奈義町現代美術館」は、その中でもとりわけ独特の印象があり、中国・北京滞在中に訪れた天壇の「回音壁」を彷彿させる空間との出会いがあった。
この美術館は太陽、月、大地と名付けられた3つの展示室で構成され、太陽の展示室には荒川修作+マドリン・ギンズ、月には岡崎和郎、大地には宮脇愛子という各アーティストの作品を半永久的に展示している。
宮田さんは1994年4月のオープニングでこの3つの部屋と隣接の図書室の4つの部屋で演奏した。
「3つの展示室はどこもびっくりするような空間で、中でも一番印象に残ったのが『月の展示室』です。天井がとても高くて、壁がわん曲していて、部屋の端の細い窓からは中秋の名月の時に、ちょうど真っ直ぐに月の光が差し込んでくるように配置されていると聞きました。床は土を固めたようなつくりで、つま先で軽くトンと打った音が、ウァンウァンと部屋全体に響き渡ります。ちょうど、北京で体験した回音壁の中にいるような感じでした。回音壁の中では、ある場所でひそひそ話している声がかなり離れたところでもささやき声として聞こえます。笙の演奏にはこの響きがすごくいいんです。エコーによって何人かで笙を吹いているように聞こえて素晴らしい音になりました。ここの住人になってずっと演奏したいと思ったくらいです(笑)」
太陽の展示室はかなり狭い螺旋階段を上ったところに茶筒のような空間があって、その左右の壁に石庭が反転するように設置されている不思議な空間だ。「床のベンチに座って演奏したように記憶しています。めまいがするような別世界で、不思議な感覚でした」
大地の展示室は、池の中にワイヤによるアート「うつろい」が展示されている。宮田さんはオープン翌年の「観月会」にここで水の中に入って、歩きながら演奏した。「水の冷たさと、『うつろい』のスチールの硬質な感じとで、気持ちがどんどん澄んでいくのがわかりました」
(みやた・まゆみ) 東洋の伝統楽器「笙」を国際的に広めた第一人者。古典雅楽はもとより、武満徹、ジョン・ケージ、細川俊夫など現代作品の初演も数多く、小澤征爾指揮サイトウ・キネン・オーケストラ、ニューヨーク・フィル、BBC響、ベルリン・ドイツ響、リヨン国立管、チェコ・フィル、N響ほか国内外のトップオーケストラと数多く共演。ザルツブルグ、ウィーン、ルツェルン、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン、パリの秋、タングルウッドなど各国の音楽祭への参加、ウィーン、パリ、アムステルダム、ミラノ、ニューヨーク、東京などでのリサイタルと幅広く活躍している
【今後の公演情報】ジョン・ケージ 生誕100年 没後20年記念リサイタル『Sep.5 2012』~Thanks to John Cageジョン・ケージ/One9(全曲演奏)=2012年9月5日(水)午後7時開演、サントリーホール ブルーローズ
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