2015/02/09

【インタビュー】愛着と誇り生む土木をつくる職能「デザイナー」を生かせ 韓 亜由美氏

「土木は、建築のように独立したデザイナーという職能の仕組みができていない」。韓亜由美前橋工科大学教授は、行政がすべてを取り仕切り、標準設計で画一的に造っていることが、公共事業を市民が身近に感じることができない要因と指摘する。デザインは単なる飾りであり、お金が掛かるという誤解に対し、「地域の人が愛着と誇りを持てるようにする触媒だ」と強調する。

--土木分野のデザインの現状は
 「1990年代前半に旧日本道路公団の仕事で(デザインの)直接契約をしたことがある。国土交通省でも以前は、独創性が高く先進的なデザインということで契約してもらった。いまはデザイナーという職能で契約ができず、建設コンサルタントの下に入って仕事をするようになった。80年代後半から90年代ごろまで少し進化がみられたが、後退している」
 
--後退に転じた原因は
 「公共事業全体に対するバッシングが起きて発注者のコスト意識が強くなり、デザインや質を議論する余地がなくなった。土木は“お上”がやることで、市民は直接の利害関係がなければ意見を言うことができず、市民のものではなかった。メディアが一方的にバッシングしたとき、市民にとって大切で愛着があり、誇れる土木施設だったら、あれほど批判一色に染まることはなかった」
 
--市民のための社会資本にするにはどうすべきか
 「大規模な土木施設は、愛着を持って暮らすことができるアイコン(絵文字)になり、暮らしの中のさまざまなシーンを支えるバックグラウンドでもある。公共事業は市民との回路をどんどんつくり、計画の初めから情報を出すべきだ。その段階からデザイナーも入り、市民にどう伝えるか、どこを論点にすべきかなどを考える。市民はこれまで行政から相談されたことがないし、関係ないことに慣れ、自分たちのことになっていない。公共事業は生活の土台や基盤を造っているのに、市民と断絶している」

--デザインの効果について
 「デザインを入れないで効率性や合理性だけで造ると、どれも似たり寄ったりになってしまう。同じようなものを造る仕事はやりがいがない。わたしは現場まで行くので経験しているが、デザインという創意工夫があれば、建設に従事する人も工夫をしなければいけない。すると、現場に一体感が出て、自分が造ったという誇りも生まれる。そこにしかないものができれば、地域の人にとって誇りや自慢になり、地域の資産にもなる」
 「途中で終わってしまったプロジェクトだが、最近大きな橋の計画に携わったとき、主塔の形が平凡で工夫がないため、少しカーブをつけてはどうかと提案した。突拍子なデザインではないのに、できる職人がいないと言われた。効率性や経済性だけで造っていると、技術や人材も失われてしまう」
 「残念ながらデザインはいまだに勘違いされて、装飾品やお化粧、いらないトッピングと思われている。デザインは企画の段階から入り、地域の特性や文化などのバックグラウンド、課題をすべて条件の中に織り込み、そこからどういうものを造るか、というものづくりの基本だ。だから、デザインがいらないということはありえないのに、いつからか土木はデザインだけが切り離され、標準設計でいいということになった」

日本海沿岸東北自動車道トンネルルートシークエンスデザイン(天魄山など4トンネルに採用)
壁面の水平ストライプ状のパターンデザインで、海側(左)は空と日本海の移りゆく風景・水平線、
山側は岬の木立や山の稜線のリズムを表現。
(事業主体・管理者:国土交通省東北地方整備局酒田河川国道事務所、シークエンスデザイン:ステュディオ ハン デザイン)

--新設が少なくなるので質を重視する方向に転換する可能性は
 「そういう議論を盛り上げないといけないが、財務省や会計検査院がどう判断するか、難しい問題だ。東京五輪で象徴的な施設にお金をつぎ込むのではなく、地域に本当に必要なもの、スタンダードなものの底上げをしないといけない。公共事業は次世代へのギフトだから、禍根を残すようなものは造らず、もっと地に足を付け魅力を醸成して、価値を高めるように改める必要がある。突破口が開けるとすれば、地方の小さい単位からかもしれない」


◆横顔
 1982年東京芸大美術学部デザイン科卒後、ミラノ工科大建築コース留学、東大大学院修了(情報学)。91年に独立。「この四半世紀、なぜ土木にはデザインがないのかと思い一生懸命やってきた」が、依然として道が見えないと嘆く。高速移動に伴い変化する風景を連続的にとらえ、道路空間の課題を解決するシークエンスデザインについて、運転のしやすさや安全性などを検証するため、東大大学院博士課程で研究中。「来年度はドクター論文を書く」。著書に『工事中景 ケンセツゲンバノデザイン』(鹿島出版会)。
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