2013/11/22

【独身寮】巨大社員寮をシェアするという発想 イヌイ倉庫の「月島荘」


 大都市・東京の近郊には、1日24時間では足りないと、遮二無二働く人がいる。グローバル化が進む中、「世界に羽ばたけ」と言われても、現実にはなかなか頑張れない人もいる。東京都中央区勝どきを起点に80年以上にわたり物流、不動産事業を手掛けてきたイヌイ倉庫の乾康之社長は、「頑張る人がたくさん集えば頑張れる。独身寮を集め、寮そのものをシェアしよう」と、職住近接が叶う月島の地に、644室の企業寮を集合し“シェア"する「月島荘」を建設した。


◇巨大シェアハウス

 当初は超高層施設として本格的に検討を開始し、東日本大震災を機に高さ25mのシェアハウスへと方向転換したこの物件は、「9年間にわたる開発の中では多くの人の呆れ顔や面白がりに囲まれ、形づくられ、すべって転んで歩んできた」(乾社長)。
 建設地は、1945年ごろには倉庫が立地していたが、72年にこれを解体した上でボウリング場を建設した。05年1月、乾社長が三菱地所設計に対して、ボウリング場の再開発を持ちかけたことが、月島荘が誕生する発端だ。05年1月の検討当初は都市計画制度を適用し、現行の倍に当たる容積率800%超の超高層ビルとする案もあったが、時間的なハードルや東日本大震災の発生を受け、シェアハウス建設へと大きくかじを切った。
 乾社長と、三菱地所設計住環境設計部の清水聡副部長(三菱地所から出向)は、品川区高輪にあった三菱地所独身寮に住んでいた仲。夜遅くまで出かけていても、遅い電車に飛び乗れば寮に帰れていた思い出が、「若者が都市に住まう」という構想へと乾社長を突き動かした。
 一方、「『シェアハウスらしいぞ』と聞いて驚いた半面、超高層賃貸よりも、カジュアルで中層のものの方がこの地に合っていると感じた」と振り返る、三菱地所設計の多田直人副主事。主任設計者として、すぐにシェア概念を扱う書籍などを持って打ち合わせに臨んだという。「職住近接が叶うこの地で、業種の異なるビジネスパーソンがともに住まうことで生まれる“何か"を実現したい」という乾社長の構想に共感したと振り返る。
中庭にはガラス張りのラウンジもある
乾社長


◇暮らしの「間」デザイン


 前例が極めて少なく、「思い込みでないことと、社会的ニーズに合致していると社内を説得するのには苦労した」と乾社長。イヌイ倉庫資産活用部の清水宏美さんも、11年10月から12年3月の半年間にわたり、プロジェクトの担当者として、シェアハウス生活を実際に体験した。当初は周囲の人の名前も距離感も何も分からず「夢を見るほど悩み、心折れそうになった」。だが、勇気をもって踏み出すことで、3カ月が経過するころには交流も芽生えた。早起きした休日の朝など、あいている時間を活用して人脈を広げることができるシェアハウスに惚れ込んだ。
 これに並行して多田さんは、乾社長からの「1フロアを同じ企業で固めず、クラスターと呼ばれる暮らしの基盤となるグループを設定し、複数の企業を入れること、生活に必要な設備を共有するシステムとして運営すること」という要望に対して、ゾーニングや空間構成を考えた。課題となったのは、偶然の出会いをつくることだった。知恵を絞った末、1階から駐車場をなくし、すべてを居住者の共用部として開放するという解にたどり着いた。こうして、建物のあるべき姿が決まった。
 設計に当たっては、暮らしの「間」をデザインすることをコンセプトに、建物形状を3棟分棟形式とした。建物間に中庭を配置し、ダイニングやラウンジなどをガラス張りにして並べることにした。隣の棟のみならず、またその隣の棟にまで視線が抜けるため、他の住人の生活を垣間見ながら暮らす空間が実現した。
 基準階共用部には、コア周りに2層吹き抜けのテラスを介した共用部を設け、ランドリールームなどを付随させた。1階とは違い、何かのついでに立ち寄れる空間とし、日常生活の中でコミュニケーションを図れる場所を目指した。
 施工面では、コストを重視しつつ、周辺で解体工事を担当した実績から、近隣住民との信頼関係もある東急建設を選んだ。乾社長は「最初にプロジェクトを説明した時、すぐに意図をくみ取ってくれ、短工期という無理難題にも応えてくれた」と評価し、花岡宏作業所長のことは敬意を込めて常に「優秀な所長さん」と呼ぶ。
三菱地所設計副主事 多田直人氏


◇竣工はゴールではない


 多田さんはいまも、竣工式直前に届いた1通のメールを大切にしている。送り主は、乾社長。「すばらしい仕事をありがとうございました」という検査後のメッセージだ。「当日は慌ただしく、お会いできなかったにもかかわらず、きちんと見てくれていた」(多田さん)。
 それでも「月島荘の竣工はゴールではない」(同)。住人が暮らしていく中で、中庭に植えられた木々も、共用部に設けた本棚も、これから徐々に彩られながら育っていくだろう。乾社長も、「われわれの苦悩はこれからだが、外見に負けず中身でも“ワイガヤ感"を充実させたい。クライアントとなる企業からも人材を招き、学校のような人材育成の場を設けるなど、“互助"のための環境づくりのお手伝いができれば」と期待を込める。運営状況を見ながら将来的には、イヌイ倉庫が所有し、道路を挟んで立地している駐車場敷地の再開発も検討している。
イヌイ倉庫資産活用部 清水宏美さん


◇概要


▽建設地=東京都中央区月島3-26-4の敷地6647㎡
▽規模=RC造地下1階地上8階建て3棟総延べ2万3423㎡
▽用途=寄宿舎
▽工期=2012年7月-13年9月
▽発注者=イヌイ倉庫
▽設計・監理=三菱地所設計
▽施工=東急建設
▽企画コンサルティング=リビタ
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)

Related Posts:

  • 【働きかた】全国初の女性交通管理隊員、厳しい状況も感謝の言葉に充実感  ネクスコ・パトロール東北・仲畠智子さん 全国初の女性交通管理隊員になって約1年2カ月。事業所から一歩外に出れば、常に危険と隣り合わせの高速道路が職場となるだけに「勤務中はまったく気が抜けず、つらいこともある」としつつ「お客さまから感謝の言葉をもらった時の充実感は、他の仕事では味わえない」と目を輝かせる。  交通管理隊は、高速道路を24時間体制で巡回し、故障車や事故、落下物の処理を行うのがメーンの仕事だ。勤務するネクスコ・パトロール東北郡山事業所の管轄は、東北自動車道が白河インター… Read More
  • 【働きかた】地域限定社員制度あればこそ「妥協許さぬ」仕事両立 東鉄工業積算部・岡部美幸さん 約8年間、八王子支店で契約社員として働いていたが、東鉄工業が4月から創設した地域限定社員制度にトライして社員に。CADオペレーターとして主に仮設計画図の作成を担当するほか、積算、現場支援もこなしている。  学校卒業後、クリニックで事務をしていたが、一念発起してCADスクールに通い、「ものづくりに携わりたい」という幼少のころからの念願を叶えた。「正社員として働きたいという気持ちはあった」ものの、育児を考えると転勤を伴う社員になることには二の… Read More
  • 【働きかた】現場勤務を糧に「個人の能力」伸ばしたい 高砂熱学工業 豊岡さん 吉田さん 女性技術者の活躍の場が広がりつつある中、高砂熱学工業が空調設備工事を担当している東京・赤坂の「紀尾井町プロジェクト」(赤坂プリンスホテル跡地開発)では、住宅棟の現場所長を務める入社7年目の豊岡真奈美さん=写真左=と、入社3年目の吉田英美さん=写真右=が現場での調整などに奮闘中だ。豊岡さんは「女性だから、ではなく、個人としての能力をみてほしい」と語る。吉田さんも「幅広い現場を経験しキャリアに生かしたい」と意欲を燃やす。  豊岡さんは今回が初… Read More
  • 【働きかた】研究者目線で使い手に“欲しかった”を届ける! ダルトン・長谷川翔子さん ダルトンは、教育・研究施設にドラフトチャンバーなどを納めるメーカーだ。長谷川さんは、同社では数少ない女性の営業スタッフ。自身も現場で自社製品の施工管理を行う。ラボ施設は、空調や給排水とも密接に関係するため、施工の元請会社と自社、そして協力業者間と、「皆さんの都合を調整するのが大変です」という。こうした中で設計・監理の担当者が、納めた製品をすべて撮影しているのを見て「自分の仕事の重大さ」も自覚した。  学生時代は、富山大学理学部で海洋学を専… Read More
  • 【深谷組】野球部が“人財”を獲得し、地域を巻き込む 一般社員への相乗効果も 深谷組(さいたま市見沼区、深谷和宏社長)の硬式野球部は、発足1年目で挑んだ都市対抗野球で2次予選(南関東大会)の突破はかなわなかったものの、本業優先の企業チームとして、今後の飛躍へ大きな一歩を踏み出した。深谷社長は「選手は入社1年目で合格点を付けられる。仕事(現場)ではスポーツマンらしい気持ちの良いあいさつや振る舞いなどで、一般で入社した社員と良い意味での相乗効果も生まれており、いいスタートが切れた」と手応えを語る。都市対抗野球への参戦で、… Read More

0 コメント :

コメントを投稿