ミュージシャンの若旦那さんは2007年、所属する音楽グループ「湘南乃風」のメンバーとして、1万2000人ほどの観客が埋め尽くす大阪城ホールで、初のアリーナ公演を経験した。「一番後ろのお客さんが遠く感じて、何とか音が届くようにと努力をしたんですが、『奥の闇』に吸い込まれて何をやっても届いていない気がして、あぜんとしたのを覚えています。1万数千人のパワーも肌で感じました。今はすっかり慣れましたが、大き過ぎて怖かったですね」。以来、大阪城ホールで毎年公演を続けている。「大阪城と一体になった格式の高い空気が漂い身が引き締まると同時に、空間の大きさがちょうど良く、響きがすごく好きです」と話し、最高のパフォーマンスが発揮できる場だと指摘する。
「湘南乃風」は、大阪城ホールをきっかけに、横浜アリーナ、さいたまスーパーアリーナなどさまざまなアリーナ公演に進出、小さなライブ会場と変わらない一体感のあるステージをつくり出している。
銅板による緑青の屋根とかこう岩の石垣などで大阪城(中央奥)との調和を図っている |
「基本は『ハコ』の特性を生かした公演にするということです。4階まであるアリーナでは2階にステージをつくったり、ほかでもセンターステージやセカンドステージなどでお客さんと近い距離に行くことを考えます。PA(音響拡声装置)も最大限調整します。アリーナでやるときには、自分を大きく見せるのと、一番後ろのお客さんにも最前列のお客さんと同じような喜びを感じてもらいたいと思っています」
初のアリーナ体験になった大阪城ホールはこう振り返る。
「一番後ろのお客さんが遠く感じて、音がブラックホールにでも吸い込まれるように届いていないような気がして、何をやっても『奥の闇』に消えていきそうになったことを覚えています。1万数千人のパワーもこのとき初めて経験しました。受け止められるのか不安でした。お客さんのパワーに身震いする以前に、ただただあぜんとしながら、一番後ろの一人にまで音が届くように努力していましたね」
建物は、大阪城から見下ろす位置にあって、周辺環境に溶け込むように城と同じ石垣で囲まれている。
大阪城ホールでの公演<撮影:石田航(Wataru Ishida)> |
「外観は不思議な形ですが、大阪城をくり抜いてきたような品格があります。東京の日本武道館のようにミュージシャンの『聖域』です。格式の高い空気が漂っていて、建物の前に立つだけで身が引き締まります。『ハコ』の大きさもちょうど良く、音の鳴りはすごい好きですね。最高のパフォーマンスができます」
一方で、アーティスト側にとって楽しいのは小さなライブ空間だという。
「ライブハウスは、いくつか印象に残っていますが、東京都江東区の『ZEPPダイバーシティ』は、楽しいですね。オールスタンディングで2500人ほどのホールです。照明やスピーカーなどの設備は備え付けで、とても助かります。縦に長くもなく、横への広がりがあってお客さんとの距離が近い。ぎゅうぎゅうの同じ部屋で一緒にいる感じです。本当に良いつくりをしていますね。理想のコンサートができるホールの1つです」
ZEPPダイバーシティでのライブ<撮影:石田航(Wataru Ishida)> |
さらに小さい東京・下北沢の「SHELLTER」も大好きな空間だ。客席数は約200席。
「『湘南乃風』は大規模なコンサートが中心なので、ソロ活動での小さいライブハウスは、お客さんとの濃い関係ができておもしろいですね。気持ちが入りやすくて、自由なところが好きです。1万2000人、2500人、200人でライブ感覚はかなり違うのですが、キャパが大きくても小さくても全部価値観は同等です」
自分の故郷は、10代を過ごした渋谷、六本木、原宿といった町そのものだという。
「早熟だったので、13歳のころから渋谷近辺に出て、そこで先輩や仲間に生き方を教えてもらいました。お金、友情、恋人、アウトローのことなどを仲間と一緒に自分の目で見て、体で感じながら正しいこと、間違ったことを判断できるようになっていったように思います。ですので、この町が自分の故郷ですね」
今もっともお気に入りの場所が、代々木公園と明治神宮だ。
「毎日のように行っています。空いた時間にふらっと行って月を見たり、ランニングをしたり。意識して自分がリセットする場所にしています。『あぶない話』かもしれないですが(笑)、はるか彼方の宇宙を感じることができて、パワーをもらえます」
油絵を学んだ美大には建築の学科もあって、建築は割と身近だった。
「ニューヨークに1年ほど住んでいましたが、1800年代の建物が普通に使われています。伝統を背負って、街並みが整然としているんですね。日本は自由度があるところはいいのですが、こうした点も取り入れてはどうでしょうか。団地が好きなのですが、わくわくするテーマパークのようなデザインがあったら住みたいなぁと思いますね」
(しょうなんのかぜ)人間の持つ喜怒哀楽を魂で歌う4人組クルー。RED RICE、若旦那、SHOCK EYE、HAN-KUN、それが湘南乃風だ。2000-2003年、自らのレーベル134RECORDINGSを立ち上げ、合計4本に及んだオリジナルミックス・テープを携えて全国ワン・ボックス・ツアーを敢行。当時のテープの1本に『湘南の風』という表題があり、後の湘南乃風というクルー名の起源となった。2003年、アルバム『湘南乃風 ~Real Riders~』でデビュー、現在までに15枚のシングルと6作のアルバム、ベスト盤2タイトルをリリース。『風伝説』と呼ばれる4人のストーリーを紡ぎ続けている。
▽DVD=2月24日にライブDVD、Blu-ray『風伝説 第二章 ~雑巾野郎 ボロボロ一番星TOUR2015~』を発売。昨年6月のZepp Sapporoを皮切りにスタートした28都市37公演15万人動員となる全国ツアーから8月15日の横浜アリーナ公演の模様を完全収録。ツアーファイナルとなる国立代々木競技場第一体育館公演の一部を特典映像として収めている。
HP:http://www.134r.com/
■施設の概要 最新設備へ大規模改修実施
現在の内観。改修後は吊り荷重が大幅にアップする |
大阪城ホールは現在、昨年1月に行われた1期工事に続き、ことし1月8日から3月3日までを2期として、大規模改修工事に入っている。ここ数年コンサートの件数は右肩上がりで増えている。生で聞いて、見てもらうことでアーティストを身近に感じられる良さが受けているのであろう。大阪城ホールもそうした動きに敏感に反応していく必要性を感じているようだ。
今回、開業以来初めての大規模改修工事にもそうした配慮が入っている。一番の目玉は「天井吊り荷重の増量」だ。最近のコンサートはますます大型化し、天井から吊る機材も増えているため、現在の24t規制が改修後には大幅アップできる予定。
さらに、音響機器・大型映像装置や空調設備なども時代のニーズに合わせて改修し、最新の設備機器へと生まれ変わる。
同ホールは1983年、大阪築城400年を記念して建築された。当時の「大阪21世紀計画」の中心的プロジェクトにも位置付けられていた。大阪城のある史跡地区のため景観に配慮、大阪城と同じ花崗岩で石垣をつくった。屋根も城と同じ銅板による緑青。天守閣を遮らない高さとするためホール全体を地下に埋め込んだ。11万m3という巨大な空間は、外部騒音の遮断や、天井全面・客席の椅子などの吸音性を高めることで、残響1.45秒を実現している。
国内外の著名アーティストのコンサート、スポーツ、イベントなどで数々の歴史を刻んできた伝統を、大阪城ホールは今後も守りたいとしている。
■建築ファイル
▽所在地=大阪市東区大阪城3番地
▽オープン=1983年
▽構造・規模=RC一部SRCおよびPC造地下1階地上3階建て延べ3万6173㎡
▽アリーナ=スタンド席8928席(固定)、アリーナ部最大4500席設置可能。横83.4m、縦48.2m、天井高21m、面積3500㎡。コンサート、式典、スポーツ、展示会などに合わせて多彩なステージパターンで対応
▽オープン時の設計・監理=日建設計
▽同施工=大成建設・松村組JV(建築)
▽改修工事=昨年1月に1期、ことし1月-3月3日まで2期
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