若年者確保に苦悩する建設業界に強力な応援団が表れた。日本マイクロソフト社の社長を務めた後、投資コンサルティング会社を立ち上げるなど各界で活躍する成毛眞氏が、ITより土木の良さを子どもたちに教えるよう提案している。工学部に入れれば、建設業に進みたかったというほど“土木好き"を自認するだけあって、その愛情は深い。建設業がいかに若者の心をつかまえるか、その提案を聞いた。
--土木や建築に対して抱いている印象は
「IT(プログラマー)と土木建設、自動車、家電という、ものをつくる職業を並べると、土木建設が一番面白そうだ。プログラミングは、何年もできないし、することは昔から同じ。基本的には誰でもできる。出来上がったものは、5年もすればすべて消える。これは印象でなく事実。でも、土木建設は、地図に残るだけでなく、人類の歴史として何千年も残ったりする。巨大トンネルや巨大建築物を造れば、その技術が残る。土木、建築に限らず、歴史に残る仕事をしている人は、すごい」
--建設業では若者の確保が大きな問題になっている
「業界を挙げて、『精密土木』という言葉を流行らせたら良い。土木・建築の業界は、マーケティングが下手だと思う。行政を交えず、業界で『マーケティングをしよう』と決めて、広報センターのようなものを設置して活動してはどうか。シールドマシンで10数㎞も掘って、最後は1cmも誤差はないといった精密な部分をアピールすべきだ。タンカーでも戦艦でも、大型の建造物は誤差が累積するので精密に造らなければならないと工学部の人は知っているが、それこそが“売り文句"になることを分かっていない。若い人も日本人は、精密なもの、細かいものが好きだ。でも、実は土木が精密だってことは知られていない。しかも、建築ではなく土木が良い」
--大学では土木工学科という名前が消えている
「それも『精密土木科』にすれば良い。土木の名前は消すべきではないと業界側が言った方が良い。土木は未来永劫、土木だから。土木という名前を再売り込みしなければ衰退しかねない」
“おやじ"が格好良い
--建築には、著名建築家がいる
「建築は、著名建築家がアートにしていて、『建築=著名建築家』のイメージが強い。建築のアートのような方向とは違い、土木は工学的イメージでアートにしない方が良い。土木の現場監督の“おやじ"が格好良い。10何㎞掘って、数mmしか誤差がないなんて、高校生はワクワクして惚れるだろう」
--具体的にはどんな活動をすれば良いか
「例えば、特定の地域の現場を1日で回れる社会科見学プログラムをつくって、小学生に見てもらう。業界の人が普通と思う現場でも、子どもは5階建ての建築現場ですら、仮囲いの中を見たことがない。ビックリするだろう」
「憧れを持ってもらうのは、社会科見学に参加した100人のうちの1人で良い。100人全員を感動させようとするから、せっかくの1人が全然感動せず、全員が中途半端なイメージで終わる。たった1人を狙えば良い。単純計算すれば100人に1人がものすごく感動すれば、100万人のうち1万人が建設業に入る。マーケティングのうまい業種がテレビCMを流すのは、全国民に納得させようと思っているわけではなく、CMを見て買ってもらうのは1%以下で良いと思っている」
「あと、『土木フェロー』という立場をつくったらどうか。本来、人数が少ない職種ほど、尊くて給料が高い。だから、土木エンジニアのトップを『土木フェロー』のような形で、給料は社長より少し高くて、純技術研究的なことしかしないような処遇をすれば、憧れがあって良い」
--現場見学ツアーで見てもらうポイントは
「3K。危険とか、泥臭いとかの方が良い。実はこれだけ危険な中で、安全に仕事をしていると言われたら、100人に1人は、『服飾品を売る店員より面白い』と絶対に思う。その100人に1人を見つける活動を子どものころから何度もやれば、ボディーブローのように効く。そのうちの1人が先生になれば、面白いと思った建設の現場にまた社会科見学に連れてくる。それが繰り返されれば、30年もすれば、一気に人が増える」
「マーケティングは1、2年で結論は出ない。10年単位で何度も繰り返せば、30年後には『土木屋ってすごい格好いいよね』って言われるようになる。そうすれば、日本に土木の技術が残り、圧倒的に世界で強くなる」
--同じことは、ITではできないか
「IT業界の顧客は一般大衆だ。一般大衆にものを売る場合、強さは人口による。英語圏は10-15億人いる。日本はおよそ1億人。日本でどれだけ売っても、英語圏の15分の1にしかならない。でも、巨大な土木・建築を発注できる施主の数は、全世界で見ても限られる。それなら英語圏との差もない。建築は、各国の美観規制などが厳しいから難しいかも知れない。でも、土木は世界を制覇できる」
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(なるけ・まこと)1955年、札幌市生まれ。中央大学商学部卒。86年日本マイクロソフトに入社。91年同社社長に就任。2000年に退社後、投資コンサルティング会社「インスパイア」を設立。現在は同社取締役ファウンダー。スルガ銀行社外取締役、早稲田大学客員教授なども務める。ビジネス界でも有数の読書家で、新聞・雑誌などに多くの書評を寄せている。人気の書評サイト「HONZ」代表としても知られる。『本は10冊同時に読め!』(三笠書房)、『面白い本』(岩波書店)など著書多数。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)2013年6月24日
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