2013/06/11

【内井進の建築】陸上自衛隊仙台駐屯地物品保管庫がよみがえる!

戦後のわが国を代表する建築家の一人、故内井昭蔵の父・進が、進駐米軍兵士のための施設として設計した仙台市内にある歴史的建築物が、所管する陸上自衛隊により日米の絆を深めるシンボル施設としてよみがえった。5月30日には、昭蔵の妻で内井建築設計事務所の乃生代表と長男・理一郎氏が、同市宮城野区の陸上自衛隊仙台駐屯地にある同施設を視察した。戦後間もない時期に建てられた建築物が、新たなコミュニケーションを生むツールとなりそうだ。


創建当時の建物
昭蔵が建築家の道を歩く上で大きな影響を与えた進は、ロシア正教の聖職者として「函館ハリストス正教会」を始めとする多くの教会建築に携わった父・河村伊蔵の指導を受けて建築家となり、正教会の聖堂など、各地に建築作品を遺している。
 仙台には、木田建業(当時)の社員として赴任した際、1946年に進駐米軍の「仙台シモヘニィ兵営教会」を設計している。当時量産された地場産材の秋(あき)保(う)石(いし)を外壁に採用し、堅牢かつ厳粛でありながらシンメトリーの端正な美しさを併せ持つ近代建築として世に生み出した。

◇震災をきっかけに内井事務所へ連絡

 施設が防衛庁に返還されて以降は、陸自音楽隊の合奏場や物品保管庫として利用され、内部の改修などを施しながら日米交流のシンボル施設として長く親しまれてきたが、東日本大震災の震度6強という強烈な揺れに抗しきれず、外壁が崩れるなどの大きなダメージを受けた。
 このため自衛隊は、元の建物をイメージした設計に基づいて再建することとし、2012年9月から工事に着手し、ことし3月に竣工を迎えた。復旧に当たっては、創建当時の秋保石をスライスして建物正面に張り付けるなど、限られた予算の中でオリジナルに近い意匠となるよう工夫したという。ただ、この段階では内井進の設計とは気付いていなかった。
 この事実を自衛隊に知らせたのが、仙台市都市整備局住環境部の森本修部長だ。文献などで進の作品が同駐屯地内にあることを知っていた森本部長が、地元新聞のコラムで同施設の被災と復旧を知り、乃生代表に確認するとともに、自衛隊に連絡。こうしたやり取りを通して、内井事務所と自衛隊の橋渡し役となり、今回の来仙に道筋をつけた。


乃生氏・理一郎氏を囲む関係者
◇友好を象徴する新たな架け橋に

 当時の設計図や写真など、保管していた貴重な資料を携え、森本部長とともに仙台駐屯地を表敬訪問した両氏は、陸自東北方面総監部広報室幹部らの案内で復旧した建物の内外を視察し、その軌跡に思いを巡らせた。
 復旧された建物の規模はS造平屋建て383㎡。組石造だった当初の建物(478㎡)より減築されたが、シンメトリーの意匠は、創建当時の面影を今に伝えている。
 乃生代表は「息子に祖父の作品がこうした形で残っていることを伝えたくて一緒に伺った。(創建当時の)尖塔が残っていないのは残念だが、駐屯地のメーン道路の正面に設置されており、都市景観のシンボルとしての存在感があった」と語った。理一郎氏も「ファサードを見た時、金成ハリストス正教会などと同様に曾祖父や祖父の作品であり、自分の家に帰ってきたという安心感があった」と懐かしさを覚えたという。
 陸上自衛隊東北方面総監部広報室長の奥村晶一1等陸佐は「建物の機能として必要であり、日米交流のシンボルとしても大事にしてきた。震災後の“トモダチ作戦"では、ともに震災に立ち向かい、日米の絆がさらに深まった。こうした活動を象徴する建物として、外観はできるだけ創建時の姿を継承したいと考えた」と振り返りつつ、「高名な建築家によって設計されたという建物の出自を知った時は驚いた」と率直に明かした。
 由来を知った陸自の対応には、内井事務所から提供された資料のコピーや書籍などをきれいに展示するなど、建築作品に対する配慮と敬意がにじむ。「建物の歴史を踏まえ、今後も日米同盟のシンボルとして末永く大事にしていきたい」(奥村1等陸佐)。掘り起こされ、つながった歴史が新たな交流の架け橋になる。
建設通信新聞(見本紙をお送りします!)2013年6月7日

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