2016/01/17

【働きかた】「実力は能力と経験値のかけ算」 前厚生労働省事務次官・村木厚子さんに聞く


 同僚の夫とともに2人の娘を育てながら、中央官庁のキャリア官僚として働き続けた村木厚子さん。厚生労働省事務次官を昨年退職し、「ことしは2人目の孫が生まれる予定なの」と顔をほころばせる。「いくつになっても発見がある。だからこそ今までできなかったことにチャレンジしたい」と、今後について意欲的に語る村木さんの歩んできた道のりと、ご自身の仕事スタイルについてお聞きしました。

◆女性も男性も能力に差なし

 女性も男性も能力に違いはありません。確かに体力的な差はありますし出産は女性にしかできませんが、基本的には変わりがないと思います。どの企業のトップに聞いても同じことを言いますし、「女性の方が優秀だ」というトップも多いです。
 建設産業界の女性活用について言えば、将来性があると思います。人材不足であれば女性が入職しやすいように環境を改善する企業も増えるでしょう。そうした企業には優秀な人が入ってきます。
 30年以上前、私が労働基準監督署の職員として作業服を着て建設の現場に監督に行ったとき、不思議な体験をしました。それは、現場で働く人たちがまるでお化けでも見ているように私を見るのです。見えないはずのものがいるという視線に私はさらされました。それもそのはず、当時にしてみれば、現場で働く女性職員はあまりいなかったのですから、びっくりを通り越してあり得ない存在に直面して、自分の目を疑ったのでしょう。時代は変わって、今は女性がいるのが当たり前ですけれど。
 ある企業で、女性の昇進がストップしました。社長が、昇進を決める選考委員に理由を聞いてみると「女性は泣くから」というのです。それを聞いた社長は「泣いたとしても仕事ができる社員を昇進させるべき」と言って、選考委員を全員入れ替えたそうです。
 先ほどもお話ししたとおり、能力的な差は基本的にはないのです。あとは経験をどのくらい積んだか、つまり本来の能力と経験値のかけ算によって社員の成長や仕事の能力(実力)が決まるのです。女性も同じ社員ですので、男性と分け隔てをすることなく同等に仕事を任せることが必要です。そしてその際に、企業のトップや上司が責任をもって、女性にも積極的に働いてもらいたいとメッセージを出すことも忘れてはいけません。

◆育休はマイナス要素ではない

 一方、女性も垣根を低くする必要があります。私は何でもできます、この仕事だってできます、など上司にアピールすることで相互理解が深まり、より働きやすい環境が整備されると思います。
 そのためにも、評価制度はしっかりしていないとダメです。
 男性社員は休まず働いているから、育休を取得した優秀な女性社員よりも早く昇進させますか?
 それは決してあってはいけないことです。育休を取っても得るものはあります。休むことは決してゼロやマイナスの要素ではありません。
 私が産休・育休から管理職として復職したあとの査定・評価は以前と比べて上がりました。その理由として、上司から「子どもを持つ前より部下に対する接し方がよくなった」と言われたのです。確かに子どもを持つことで人を見る目、育て方を少し学んだことが仕事に生きたと思います。自分の子どもは「私」ではなく別人格であること、兄弟姉妹であっても決して同じではないことを子どもが教えてくれたおかげで「物差しは1つではない」ということを学んだのかもしれません。
 企業側は働きやすさ、働きがいの2つの視点を持つことが必要です。育休を取得した後の役割や入社10年後にはこの程度できるようになってほしいなど企業の方針を明確にし、目的にそってキャリアのスケジュールを示すことでやりがいが生まれるし、社員自身も成長できると思います。そして、昇進することで成長する部分もあると思います。

◆非生産的な悩みは無駄

 女性にとってのキャリアアップのキーワードは「成長」「社会的意味・意義」だと思います。そういったキーワードにつながる仕事などを上司が増やすことで、企業に貢献してくれるのではないでしょうか。これは男性社員にとっても言えることだと思います。
 育児期間中は同僚に迷惑をかけてしまうと考えがちになりますが、それは間違いですし非生産的で無駄です。育児中だから70-80%しかできないと悩むより、具体的に何をすれば効率が上げられるかを考えた方がいいです。そして、いずれ自分にとって100%で仕事ができる時期がきたら、今までの借りを返すぐらいの勢いで頑張ればいいのです。
 出産・育児で一時的に仕事から離れる、もしくはペースが落ちても、私の経験上で言えば、女性の皆さんは継続的に働いてきた男性社員と同じレベルまで自ら引き上げてきます。ですからあせらず、その時々の状況に応じて、仕事をすればいいと思います。

◆“辞める”選択は最後の手段

 辞めるという選択は最後の手段でいいと思います。出産や育児、介護など、仕事との兼ね合いを考えなくてはいけない時期があるかもしれません。でも、私の経験上いくら大変でもなんとかなるものです。逆に両立するからこそ得られる経験や楽しさ、素晴らしさもあります。やれるだけやってどうしてもできないと判断したときに辞めればいいのであって、最初からあきらめる必要はありません。
 もちろん、子どもが突然熱を出す、保育園から呼び出されるなど、たくさんありました。でも、事前に、病児保育や育児ママ(ベビーシッター)など補完できるものを確保しておきさえすれば仕事への影響を最小限に抑えることができるのです。確かにお金はかかります。収入のほとんどを子どもにつぎ込む時期もありました。しかし、継続的に働ける環境が整っているのであれば必ずその分は返ってきます。
 私の場合は夫が家事・育児をするのが当たり前でしたし、育児を楽しんでいたので助かりました。大きな苦労はありましたが、小さな工夫で乗り越え大きな楽しみを得たと思っています。それでも子どもが熱を出したときなど、思わず天を仰ぐこともありましたが。
 余談ですが、夫が退職した際、(働く私を置いて)ヨーロッパに1カ月半も卒業旅行に行ったのですが、次女とはウィーンで、長女とはパリで合流しそれぞれ1週間ともに旅を楽しんだようです。娘たちは、「憧れの父親」ではないけれど、「いい父親」だと思っているのでしょうね。共働きの男性には「子育てすると報われるよ」と伝えたいです。

◆制度を普遍的なものにして

 霞が関(中央官庁)には「あけぼの会」という女性の集まりがあり、そこへ人事担当者も「招待」されます。育児などについて不安や悩みなどがある場合、当事者ではない先輩たちが経験を踏まえて人事担当者に話をしてくれるので本当に助かりました。女性同士の縦横のつながりが大切であることを知りましたし、そこで悩みなどを共有し助け合えました。逆に、「ここで辞めたら先輩たちに怒られる」と思ったから今まで仕事を続けられてきたのだと思います。
 労働者301人以上の企業を対象に、女性の活躍推進に向けた行動計画の策定などが義務付けられます。どの企業も女性活用に関する制度を充実させるでしょう。しかし、今後は女性だけではなく男女どちらでも使える柔軟で普遍的な制度、例えば介護にも応用できるようにしていく企業こそが成功するのだと感じます。
 厚労省では、今年度から子どもが生まれた男性職員を対象に育児休暇取得を促進しています。大臣室に対象職員と上司を呼び育休をとるように指示を出しました。上司も立ち会わせることで実効性が増したため、育休をとる男性職員が増えています。
 日本生命でも、対象者全員が育休をとったと聞きました。日本の企業は他社に負けないという意識が強いので、今後、男性の育休取得も進むでしょう。

◆すべて経験し人生楽しんで


 霞が関で約38年働きましたが、働くのは本当に面白いと感じました。自分が成長できるし、仕事を通して得た人脈は財産です。これは、私が大学を卒業した20歳代から築いてきたもの。また、結婚・出産・育児から得た経験が私を育ててくれました。今、働いている人、これからも働き続けようと考えている人には、男女ともに仕事も家庭も育児も全て経験して人生を楽しんでもらいたいと思います。女性活用について言えば、ここ数年で確実に基礎固めができたと思います。真の意味で、女性が活躍する時代がやってきます。ぜひ、女性にも男性にも頑張っていただきたいと思います。
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