2013/10/31

【建築家インタビュー】乳児保育施設「ピーナッツ」の前田圭介氏(UID)

広島県福山市を拠点に活動する前田圭介氏(UID一級建築士事務所代表)が手掛けた乳児保育施設「Peanuts(ピーナッツ)」が2013年度日事連建築賞の国土交通大臣賞を受賞した。2つの円形が連なる落花生型の外観は360度ガラス張りで、小規模建築ながら規模以上に内部空間を広く見せる。また、「大人が当たり前と思っていることをすべてゼロから考え、乳児目線でつくること」を建築で表現し、審査員からも高い評価を得た。「日事連の最高峰の賞を小さな建築でいただけたことに大変驚いている。建築の大小にかかわらず、そこに生まれる空間や環境といった豊かさが評価されたことがうれしい」と話す。武田五一、藤井厚二という偉大な建築家を生み出した福山市で、38歳の若き才能が躍動する。

 ピーナッツは、福山市内の住宅街に立地する「つくし保育園」の増築工事として計画された。生後43日から受け入れている同保育園のゼロ歳児専用の乳児棟だ。園長先生の教育方針に感銘を受け、自分の子どもを通わせていたことが仕事を受けるきっかけとなった。
 保育所の設計は初めての前田氏に、園長先生の“微笑みの交換"という言葉が強く印象に残った。「子どもは、大人の笑顔を見て笑うことを覚える。沐浴したりする様子も首を上げてじっと観察している。そういう大人や友だちの姿を見て学んでいくという当たり前のコミュニケーションを建築で表現するのは何なのかを考えた」という。その答えが乳児目線の設計だった。



◇自らがほふく前進

 施設内部は、中心にある乳児・ほふく室をメーンに、それを取り囲むようにギャラリーや調乳室、沐浴室、事務室などを配置している。「大人たちが居る場所と子どもたちが遊ぶ場所に段差をつける」ことでゼロ歳児の目線に合わせた。また乳児・ほふく室の床は20分の1の勾配でつながっている。「成長変化の激しい時期に、この勾配が自分の身体を知っていくというバランスにうまくつながるのではないかと考えた」と平らではなく、緩い斜面にこだわった理由をこう話す。角度を決める際には、事務所内にコンパネで勾配をつくり「われわれ大人が実際にほふく前進してみた」という。
 外周の諸室は「360度ガラス張りにしたことによる熱負荷に対応した緩衝帯の役割を果たしている」。また、室内に砂利を敷き、植栽を施すなど、自然から学ぶ環境も整えたほか、「たくましく育ってほしい」という思いから施設の裏手に獣道までつくった。こうした試みは「ゼロ歳児には危ない」と保護者や関係者から否定的な声もあったが、園長先生は「ルールをつくれば大丈夫」と認めてくれた。「あの一言でピーナッツは生まれたと思う」と振り返る。
 完成後は父兄からの評判も良く、今では予約でいっぱいの状況だ。


◇現場で本質を知る

 前田氏の建築家への道は決して順風満帆ではなかった。建設業に携わっていた父親の影響もあり、「幼いころからものづくりは好きだった」と建築学科へと進む。そんな時「海外に行ってみたかったという不純な動機で参加した」という米国へのゼミツアーで、ルイス・カーンの建築に感銘を受けた。それがきっかけとなり本気で建築家への道を志したが、希望したアトリエ事務所に入ることができず地元工務店に現場監督として入社した。現場では「出会った職人さんに大きな影響を受けた」と厳しい世界の中で、いままで以上にものづくりの本質を知った。「それからの5年間がむしゃらに頑張った結果、やっぱり設計はおもしろい」と一念発起し、2003年に現在の事務所を立ち上げた。

◇職能通じ魅力伝える

 「建築を通じて福山を知ってもらいたい」と生まれ育った街に対する思い入れは強い。ピーナッツで高い評価を得たが「もっと建築の力を知ってもらいたい。わたしは福山が大好きなので、自分の職能を通じて福山の魅力を伝えていきたい」と現状にも満足はしていない。地元では、宮崎駿監督の映画『崖の上のポニョ』の港町のモデルとして知られる鞆の浦地区で、日本家屋「聴竹居@鞆の浦」再生プロジェクトに携わったほか、2016年の福山市制100周年記念として進められている福山本通り商店街再生プロジェクトにも参画する。
 その一方で、中国・浙江省の龍泉市宝渓県の村おこしプロジェクトから声が掛かるなど活動の幅を広げている。「外に出ることで自分の街の良さを再確認できる。海外も慣習の違う人たちと接することで日本の良さが分かるはず」と海外や他都市での仕事にも意欲を示す。

◇プロフィル
 (まえだ・けいすけ)国士舘大工学部建築学科卒、工務店で現場に携わりながら設計活動を開始し、2003年UID一級建築士事務所を設立。広島工業大や福山市立大の非常勤講師などを歴任する。1974年生まれの38歳。
・主な受賞歴
 日本建築学会作品選奨、ARCASIA(アジア建築家評議会)建築賞ゴールドメダル、JIA新人賞、こども環境学会デザイン賞など。

◇施設概要
▽敷地面積=1501.81㎡
▽建築面積=118.74㎡
▽構造・階数=木造平屋建て
▽延べ床面積=118.74㎡

建設通信新聞(見本紙をお送りします!)



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