2015/07/11

【復興特別版】継続使用できる建物こそ真に安全安心 東北工業大・船木尚己准教授に聞く

震災では国内観測史上最大のマグニチュード9.0の地震に耐えたことで、近年の建築耐震技術の効果は実証された一方、構造的には被害が少なかった建物でも継続的な使用が不可能となった事例も散見された。被災した学校施設の調査を進めてきた東北工業大学工学部建築学科・同大学院工学研究科建築学専攻の船木尚己准教授は、建物の継続使用について「専門家の判断と住民の意向に乖離(かいり)が見られる」と指摘し、真に安心して暮らせる建物のあり方を提起する。

 船木氏は、世界中で発生したマグニチュード5.0以上の大地震の1割以上が起きている“地震大国”の日本に独自の耐震設計の概念が生まれたのは、日本が西洋の建築文化を取り入れ始め、木造からレンガ造の家づくりが進んでいた時期に起きた「1891年の濃尾地震がきっかけだ」と指摘する。
 この直下型地震では、レンガ造の建物の大半が崩壊しており「地震がほとんど起きない西洋の建築技術をまねて発生したこの悲劇をきっかけに、耐震構造という概念が生まれた」と説明する。
 さらに1978年の宮城県沖地震を機に81年に施行された新耐震基準については「施行から35年近く経過するが、大きな地震災害が起こるたびに規定がグレードアップされてきた」と、その有効性を強調する。
 愛知県と静岡県、東京都に次いで学校施設の耐震化が進んでいる宮城県内で、仙台市24校(38棟)と名取市8校(14棟)、石巻市13校(25棟)の被災状況を調査した結果、いずれもDamegeLevel評価では、被害がほとんどない「D0」から「D3」にとどまったという。
 「これまでの耐震改修が奏功し、構造的にはほとんど被害が見られず、十分に使える状況だった。既に安全な建物が実現できているのではないかという感想を持った」と振り返る。
 一方、「調査を進める中で、構造的な被害はないものの、使用不可能となった建物もあることが分かった」という。その12棟すべてが仙台市内に集中しており、梁や柱のひび割れ、照明・天井の落下などの被害があり、“不特定多数の子どもが活動する場としては危険”と判断されて立入禁止措置が執られた。
 こうした被害状況を受け、「構造の規定は頻繁に変わるものの、天井などの非構造部材には、それほど神経質になっていなかった。今回の地震で非構造部材の落下がクローズアップされ、社会問題化されたことは大きな意味を持つ」と、より学校施設の安全性を向上させる施策に期待を寄せる。
 また、民間の集合住宅では、「専門家による応急危険度判定で、“安全”と判断されたが、特定階のある部分に地震力が集中したことで、方立て壁(フレーム内雑壁)が崩壊したため、住民が自主的に転居したケースもあった」と、建物の継続使用に関して専門家の判断と住民の意向との乖離を課題に挙げる。
 こうした専門家と一般市民との安全・安心への認識のズレなどを踏まえて「継続使用できる建物こそが真に安全・安心な建物だ」と強調する。その上で「今回の地震で、耐震や制震、免震など、どの構造であっても何かしらの手だてをすれば生命は確保できることが分かった。一方、建物を使う側の住民も自らが生活する建物の構造特性を知り、それぞれが住む建物に合った対策を内部で行うことが、安心して継続的に使用できる生活環境づくりにつながる」と説く。
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら

Related Posts:

  • 【働きかた】「育児も介護も」男女問わず柔軟に仕事 NTT都市開発の高橋菜美子さん NTT都市開発は10月1日付でダイバーシティ推進室を新設した。その初代室長として「当社が今春に新しく定めたミッション・ステートメントの趣旨に則り、多様な人が働ける環境をつくることが、会社にとっても多様な価値を生み出す源泉になる」と抱負を語る。そのためには共働きの家庭で育児や介護にも取り組む男性社員からの積極的な発言も求める考えだ。「男女問わず、仕事と家庭を両立し、効率的かつ柔軟に仕事をすることで、会社の生産性も上がるはず」と力を込める。 … Read More
  • 【BIM】デジタルデザインと向き合う 明大教授・小林正美×建築家、東大教授・隈研吾×日建設計執行役員・山梨知彦 BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)に代表されるように、建築生産にデジタルデザインの流れが急速に広がり、教育や職能のあり方にも変化の兆しが見え始めている。世界に通用する建築家の育成を目的に組織されたデジタルデザインワークショップ(DDW)で総合ディレクターを務める明大教授の小林正美氏、DDWの特別アドバイザーである東大教授で建築家の隈研吾氏と日建設計執行役員設計部門副統括の山梨知彦氏は、この時代をどう受け止め、向き合おうと… Read More
  • 【インタビュー】土木の世界を描くマンガ『ダムの日』連載中! マンガ家・羽賀翔一氏に聞く 「なぜ、その仕事を志したのか」--。働く人の多くが一度はこの質問を受けたり、自問自答したことがあるだろう。さまざまなきっかけや縁、夢や目標があって特定の職に就く。そして、時として紆余曲折や葛藤、感動、達成感などを経験し、さまざまな思いを抱きながら日々仕事と向き合う。ダム建設現場で働く技術者を主人公として、仕事を通じたドラマを描くマンガ『ダムの日』が、プレジデント社のビジネスマンガ誌「PRESIDENT NEXT」で連載中だ。土木の世界や… Read More
  • 【インタビュー】現役「稼働資産」が世界遺産登録されるまで 内閣総理大臣補佐官・和泉洋人氏に聞く 日本が世界遺産登録を目指していた「明治日本の産業革命遺産」(8県計23施設)が、ドイツ・ボンで開かれていた国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で、正式に登録が決定した。今回の案件は、いまも稼働中の施設が含まれ、文化財保護法だけでなく河川法や港湾法、景観法などの法律で価値を担保した資産であることも特徴だ。日本にとって新たなスキームによる遺産登録について、深くかかわってきた内閣総理大臣補佐官の和泉洋人氏に、インタビューした。 ◆… Read More
  • 【復興特別版】継続使用できる建物こそ真に安全安心 東北工業大・船木尚己准教授に聞く 震災では国内観測史上最大のマグニチュード9.0の地震に耐えたことで、近年の建築耐震技術の効果は実証された一方、構造的には被害が少なかった建物でも継続的な使用が不可能となった事例も散見された。被災した学校施設の調査を進めてきた東北工業大学工学部建築学科・同大学院工学研究科建築学専攻の船木尚己准教授は、建物の継続使用について「専門家の判断と住民の意向に乖離(かいり)が見られる」と指摘し、真に安心して暮らせる建物のあり方を提起する。  船木氏は、… Read More

0 コメント :

コメントを投稿