2015/07/13

【インタビュー】防災は「子どもの心を突き動かす」教育から 群馬大学大学院教授・片田敏孝氏に聞く

東日本大震災の大津波から、市内の小中学生約3000人のうち、99.8%が難を逃れることができた「釜石の奇跡」。片田敏孝群馬大大学院教授が、子どもの主体性を育む防災教育を実施した成果だ。「防災は“災い”教育であってはいけない」。災害列島の日本に住み続けるために必要なこと、自然との向き合い方などを教えることが防災教育であると指摘する。

--震災の前と後で防災教育に変化はあるか

 「現実感を持って対応しなければいけないという、社会的な機運が醸成されている。3.11以降、防災教育は避難訓練を繰り返し、災害や生き残るための知識を付与するなど、従来型を強化するところから始まったが、変化の兆しを見せている。このやり方で子どもたちが“その日その時”本当に逃げるようになるのか、形式的な知識を与え強化すれば効果が上がるのか、と教える先生が疑問を持ち始めている」
 「防災研究者は、『ぐらっときたらダンゴムシ』といった行動規範を子どもたちに与え、適切に誘導する従来の延長で教えているように思う。知識をたくさん持っていれば対処できるのではなく、自分の力で判断して、主体的に対応できる子どもを育むことが災害の対応では重要だ。学校にいる間は、避難訓練で対応が可能かも知れないが、1年のうち学校にいる時間は15%程度でしかない」

--いまの教育方法には何が必要か
 「実際に教育現場でやっていることだが、地震でお母さんが家具の下敷きになり、君の力では助けられない。間もなく津波が来る。お母さんは『逃げなさい』と言う。君はそばにいますか、逃げますかと問い掛ける。今度は君が下敷きになったとすると、お母さんに『僕のことはいいから逃げて』と言いますか、それとも『一人で死んじゃうのはいやだ』と言いますか」
 「この問いに正解はない。そばにいると答えた子どもは心やさしいし、お母さんの指示に従い自分の命を守るために逃げる子どもも立派だ。こんなことを考えると悲しくなり、子どもたちは半べそ状態になる。家具を固定しておけば考えなくて済むので、家に帰ったらお願いしようと話す。子どもたちは親に家具の固定を懸命に訴え、親は子どもがどんな思いで頼んでいるのかを理解することで、固定が進む」
 「日本の教育は理路整然と知識を付与して、子どもたちを正解に導くが、防災教育は違うと思う。子どもの心を突き動かすような教育、実効性を高める教育をしないといけない。釜石の子どもたちが逃げてくれたのは、僕が逃げればお母さんも逃げてくれると思ったからだ。自分が逃げることの意味をきちんと理解してくれていた。実効性を高めるには、子どもたちに内発的な意識を与えることである」

--具体的な教育手法は
 「わたし自身が重視していることは、防災教育を災い教育、災害は怖いということにしてはいけないことである。ビッグ・コミュニケーションの中では、恐怖喚起のコミュニケーションは効果が長続きしない、実効性がないといわれている。人間は怖いと思いながら生きていくことはできないし、怖いと思いながら地域で生きていくことは適切なのかと言えば違うと思う」
 「(岩手県)釜石市では津波の話から始めない。先生は群馬県に住んでいるが、釜石に来ると海がきれいで、魚はおいしく、大好きだというところから入る。このまちに住むに当たって一番大事なことは何かというと、海からの恵みを未来永劫(えいごう)もらえるように、地域や海を大事にして誇りに思うことだ。だけど、海の近くに住んでいるので、時には荒ぶる海とも付き合わないといけない」
 「でも50年、100年に一度のことだから心配しなくてもいい。大事なことは“その日その時”に逃げられる君であればいい。それは、恵みを受け取り続けるためのお作法である。なぜ防災が必要かというと、その地に住み続けたいためだ。自然には恵みと災いがあるが、恵みや誇りの部分を強調して、その日その時にしっかりとした行動が取れるお作法として防災を位置付けるべきだ。災いだけを強調すれば、地域が嫌いになる」

--災害にはどう向き合えばいいのか
 「高知県黒潮町は、南海トラフの大地震で一番大きい34.4mの津波が想定されている。想定が発表される直前に町長が相談に来て、この数字を町民にどう説明すればいいか、町民を守る自信もないと落ち込んでいた。そこで町長に、『1番で良かったではないか』と言った。単なるシミュレーション結果で、2番の土佐清水市の34mなどとたいして変わりはないのだから」
 「町長に、日本一の津波のまちで考えた日本一の防災食をつくろうではないかと提案した。町長が34mブランドの缶詰工場を建て、無印良品と提携している。いずれは第2工場も建て、まちの発展につなげようと盛り上がっている。要は、災害とどう向かい合い、前向きに取り組むかだ。日本の自然環境にどう向き合い、子どもや地域をどう導いていくのか、それが防災の重要なポイントだ」

◆横顔

 1985年豊橋技術科学大大学院修了。2005年群馬大教授。講演で人を引きつける語りのうまさには定評がある。秘訣を聞くと、「自分が話したいことではなく、相手が聞きたいことを話す」「説得ではなく、共感を得る」と、ハイレベルの話術だが、要は子どもが相手でも目線は同じ高さということか。第三セクターの黒潮町缶詰製作所で、名誉工場長に就任。著書は『3.11釜石からの教訓 命を守る教育』(PHP出版)、『人が死なない防災』(集英社新書)など。岐阜県出身、54歳。
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