2015/07/30

【インタビュー】建築学会のネパール大地震を調査団長、楠浩一准東大教授に聞く

4月にネパールで発生した大地震は、死者8000人以上という甚大な被害をもたらした。日本建築学会は建築構造の研究者を中心に調査団を結成し、建築構造の観点から被害状況を調査した。災害大国と呼ばれる日本の知見をどのように生かすのか。調査団長を務めた東大地震研究所の楠浩一准教授に聞いた。
 ネパールの首都・カトマンズ市は、近代的RC造の高層集合住宅地とレンガ組積造の旧市街地から構成されている。今回の震災では、レンガ組積造が全壊や大破といった大きな被害を受けただけでなく、RC造の高層建築でも少なくない被害が発生した。
 「構造的な被害や問題は軽微だったが、間仕切りや壁がレンガ組積造だった」ことが大きな原因だ。このため、市街地にはレンガが崩れたり、ひび割れが生じて、構造体のみとなった高層建築があちこちに点在している。

壁はレンガブロックを積んだだけで周辺架構とのアンカー無し
「ALCパネルやパーテーションの存在も知識としては知られているが、伝統建築で頻繁に使用されるレンガの組積造は高層建築の住民からも高い需要があった」とし、伝統的建築文化へのこだわりが被害につながった側面もあると指摘する。
 調査団が現地を訪れたのは5月末から6月にかけてだったが、震災から1カ月半が経ちながら路上のテントで暮らす住民も多かったという。重機が不足し、崩れたレンガの除却や建物の解体が思うように進まないからだ。インフラは復旧したものの、「市民活動はできるが、市民生活が難しい」のが状況だった。

柱の上下が抜けている。 この破壊が多い
日本に期待されるのは、これまで数多くの地震被害から立ち直ったノウハウだ。調査団は、行政・大学・NPOなどと共同して被害を受けた建築の被災度区分判定を実施した。「今後、被害状況の把握から診断・補強へと復興の段階が進んだ時に、どう建築を変えていくべきか行政側も苦慮している」と明かす。
 ただ一方で、「ネパールと日本では建築のディテールで違いがある。既成の技術をそのまま適用してもうまくはいかない」と考える。このため、現地の技術者と協力した新たな法整備や技術革新が必要になるとみている。その上で、「すでにネパールの技術者は多くの情報や知識を持っている。個別のニーズに対応していくことが重要だ」という。

組積造の教会では70人が亡くなった
日本建築学会の役割については、「建物の被害や人的被害、地盤沈下、歴史的建造物への影響など今回の災害がどんなものだったのかを後世に残す必要がある」と強調する。この観点から英語版の災害調査報告書の作成など、国内外への情報発信に取り組む方針だ。「同じことを繰り返すわけにはいかない。次の災害が起こったときにどうやって被害を防ぐのかが課題になる」とも。
 今回の震災で組積造のレンガによる被害が大きかったことを踏まえ、建築学会は海外組積造耐震化小委員会を4月から5年間の設置期間で設立した。途上国における組積造住宅の耐震設計・施工法や既存組積造建造物の耐震補強法などを探る。「国際的な動向把握や資料収集などに取り組むことで、組積造の被害減少のための検討を進める。少しの工夫で多くの人を救うことができるはずだ」と力を込める。
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