2015/07/30

【新国立競技場】荷重に対しては合理的 建築構造家から見た「キールアーチ」

新国立競技場の建設については、いろいろなメディアを通じて連日報告されているので、ことさら新しい情報を提供できる訳ではないが、建築構造、とりわけ空間構造を生業にする一構造技術者として伝えたいことがいくつかある。まず「国際デザインコンペ」の採用であり、応募資格に高名な賞の受賞者であることを要求するなど、最初からオリンピック向けの話題作りが大きな狙いであるという印象が強かった。審査委員には海外の著名な建築家も名を連ねていて、その選定される案は国際的な評価に耐えられるという期待のこもった企画になった。

 選ばれた案は「デザイン」としてはそれなりに現代的だったが、残念ながら建設費の予想が大幅に予算を超えて見直しとなった。鉄骨躯体の製作や現場での施工など技術的な視点からも未経験な問題が予想され、見積もりの作成には多分に「読み切れない不安係数」が想定されたと思われる。後出しじゃんけんのようで恐縮だが、構造設計者仲間の間では、この案の実現には多大の工費が必要で、予算内に収まらないだろうとする見解が支配していた。大空間建築の建設費が工事費全体の半分を超すにもかかわらず、有能な構造設計者の判断が反映されなかったのは極めて残念である。構造設計者の発言力の弱さに反省の気持ちが高まっている。

■キールアーチは悪者ではない
 もう1つは「キールアーチ」である。メディアは、このアーチ構造がコストアップの張本人のように報じている。確かに大空間構造の設計では屋根の大荷重を1カ所に集めるとその部材が巨大化して、部材の製作や施工上の解決がしがたい多くの難題が発生するので、骨組みは可能な限り分散して部材の小型化を図ることが肝要である。最も安定しているシステムはアーチの回転体であるドームであり、無数のアーチの集合体の特性を持つ。これにより部材の製作や施工上の難しさの緩和が図れる。しかし形状の巨大化と部材数の減少はコスト的には相殺する性質であるので、キールアーチがあながち常にコストの高騰につながる訳ではない。それに荷重の作用方向に凸な形状は全く合理的である。
 必要なことは、アーチがその効果を発揮するためには脚部が水平方向に拘束されていることである。谷にかかるアーチ橋やダムは脚部が堅固な岩盤でできている。建物では、脚部をつなぐ堅固な「タイビーム」が必須である。このシステムをいかに効率よく利用するかが思案のしどころであり、扱いを誤るとシステムの利点は消失する。部材が過大すぎるときは「部分球殻」の利用など荷重の分散が必要なだけで、なにも「アーチが高い」訳ではない。
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