2015/07/09

【インタビュー】現役「稼働資産」が世界遺産登録されるまで 内閣総理大臣補佐官・和泉洋人氏に聞く

日本が世界遺産登録を目指していた「明治日本の産業革命遺産」(8県計23施設)が、ドイツ・ボンで開かれていた国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会で、正式に登録が決定した。今回の案件は、いまも稼働中の施設が含まれ、文化財保護法だけでなく河川法や港湾法、景観法などの法律で価値を担保した資産であることも特徴だ。日本にとって新たなスキームによる遺産登録について、深くかかわってきた内閣総理大臣補佐官の和泉洋人氏に、インタビューした。

◆明治日本の産業革命遺産23施設、日本初の登録目指して

 「明治日本の産業革命遺産」は、福岡県の八幡製鐵所や長崎県の三菱長崎造船所を始めとする九州の5つの県と、山口、岩手、静岡の各県にある合計23の資産で構成されている。ユネスコは、西洋で起きた産業化が非西洋国家の日本に伝わり、初めて成功した例として歴史的な価値を認めた。
 和泉氏は、「5年ほど前、内閣官房の地域活性の仕事をしていたときに、この仕事が始まった。当時、文化庁では『稼働資産』への理解が進んでいなかった。今までの文化遺産は、ほとんど使用されていないものが多く、稼働中の施設が文化資産といえるのかという見解が主流だった」と話す。
 世界遺産はこれまで、文化庁が所管官庁であったが、民間企業の現役産業設備のほか、従来の文化財保護法では価値を担保できない資産が今回の登録には含まれている。稼働資産は長年使い続けてきたもので、今後も現役の産業設備として使用すると考えられる。ハンマークレーンや造船所が指定されると、企業が設備として資産を使えなくなるという懸念があった。

◆景観、河川、港湾法で価値を担保
 「そこで海外の稼働資産事例を照会し勉強してみると、すべてが文化財保護法で保護されているわけではなく、河川法、港湾法や景観法などさまざまな法律を適用して保全していることが判明した。これまで日本で経験のない保全方法を考えるため、内閣官房で学識者も交えた委員会をスタートさせ、検討を重ねた。また、内閣官房に文化審議会に代わる“稼働資産を含む産業遺産に関する有識者会議”を設置し、2013年8月に今回の案件を推薦候補として選定した」

◆内閣官房有識者会議による初推薦

7月5日(日本時間)、ユネスコ会議で世界遺産登録が決まった瞬間
「初めてのチャレンジだったが、今回の経緯で、稼働資産を含む文化遺産については、内閣官房が推薦するというスキームができた。また国際機関に推薦する際には、きちんと政治レベルで行うべきだと考え、従来の省庁の局長クラスの推薦ではなく閣議了解とし、日本政府として意思表明することに決めた」のだという。
 こうして13年9月には外務省を事務局とする世界遺産条約関係省庁連絡会議で暫定版の推薦書提出を決め、ユネスコへ提出した。昨年1月末には正式版を提出し、9月にユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)が、日本を訪れて現地調査を行い、ことし4月にイコモスが「登録」の勧告を行い、今回の決定に至った。

 (いずみ・ひろと)1976年3月東大工学部都市工学科卒、同年4月建設省(現国土交通省)入省。2007年7月国交省住宅局長、09年7月内閣官房地域活性化統合事務局長、12年10月内閣官房参与(国家戦略担当)、13年1月内閣総理大臣補佐官(国土強靱化及び復興等の社会資本整備並びに地域活性化担当)(第2次安倍内閣)、14年9月から現職。横浜市出身、53年5月18日生まれ、62歳。
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