「錆(さび)も成長していく」と話し始めたのは新日鉄住金の田中睦人厚板商品技術室長。社会インフラの長寿命化ニーズを背景に、橋梁を中心に「耐候性鋼」の採用が着実に広がっていることを明かす。鋼材表面にできた緻密な錆層が腐食の進行を抑えるため、塗装処理を省略でき、LCC(ライフサイクルコスト)の削減につながる。最近では高性能鋼(SBHS)に耐候性仕様を採用する事例も出てきた。
耐候性鋼のJIS化は40年以上前にさかのぼる。既に国内橋梁の約3分の1にまで採用が広がる。銅、ニッケル、クロムなどの合金元素を配合することで、年月の経過とともに鋼材表面を保護する緻密な錆層が形成され、腐食の原因となる酸素や水の浸透を防ぐ。
「錆は常に生きている。ちゃんと育てれば、素材としても良くなる。まるで人が成長していくように、錆も成長していく」(田中氏)。同社は米国から技術導入する形で1959年から販売を進めてきた。橋梁の採用数は着実に伸び、業界全体では年平均10万tペースで推移している。意匠効果もあり、建築物への採用も全体量の1割程度を占めている状況だ。
降伏強度500Nの高性能鋼に、耐候性仕様が採用された沼田原橋(写真提供:瀧上工業) |
ことし8月に竣工した奈良県十津川村の沼田原橋では、高性能鋼に耐候性仕様が適用された。11年に竣工した三重県の新宮川橋に次ぐ2例目。新宮川橋の鋼材は降伏強度400ニュートン(N)だったが、沼田原橋は降伏強度500Nとなり、よりハイレベルな高性能鋼に耐候性仕様が採用された。
そもそも高性能鋼は一般的な橋梁に使われている溶接構造用の圧延鋼材と比べ、強度や靱性が高く、しかも溶接性や加工性にも優れている。降伏強度は従来より1、2割高いため、軽量化などの経済設計が実現する。東京ゲートブリッジなど11件の橋梁に採用され、出荷数量は2万2000t超に達する。
耐候性仕様は、表面塗装の必要性がない点が大きなメリットだ。橋の耐用年数が100年の場合、塗装の塗り替えは2、3回を数える。足場設置など関連費用も含めれば、維持管理で建設コストと同等規模の費用が発生する。田中氏は「耐候性鋼の価格は1t当たり2万円ほど高くなるが、ライフサイクルで考えれば、コストメリットは大きい」と強調する。
技術的には錆を錆で防ぐ原理だが、飛来塩分量が規定を上回る海岸線では適用が制限されている。特に環境の厳しい日本海沿岸部は場所によって海岸線から20㎞を超える必要もある。田中氏は「実はニッケルの量を増やせば、鋼材自体の耐久性が増し、規定外の海岸線沿いでも耐候性仕様を採用できる」と説明する。
海岸線から600mの場所にある北陸新幹線の青海川橋梁 |
ことし3月に開業した北陸新幹線では、8橋に約5000tの耐候性鋼が採用された。中でも富山と新潟の県境に位置する青海川橋梁は海岸線から約600mという環境条件の過酷な場所。本来であれば規定外の場所だが、通常0.1%程度のニッケル量を3%まで増やすことで採用にこぎ着けた。
社会インフラの長寿命化ニーズを背景に、同社は耐候性仕様が右肩上がりで推移する青写真を描く。田中氏は「ニーズをどれだけ需要に変えられるか」と考えている。厳密に飛来塩分量などを把握して採用を決める場合、1年間の測定が求められる。そうした時間的余裕がないケースも多いだけに「環境判断をどう導くかが採用のかぎを握る」からだ。海岸沿いをターゲットにしたニッケル系耐候性鋼を採用した橋梁は、15年度末までに累計で100橋を超える予定だ。
建設通信新聞の見本紙をご希望の方はこちら
0 コメント :
コメントを投稿