富山県内の建築技能の継承や生産システムの変遷などを建築職人へのインタビューをもとにまとめた本書の編集責任者を務めた。「当士会の創立60周年記念事業として、職人から話を聞き、それを記録として残しておこうということになった。建築職人の高齢化や入職者の減少で技能・技術の継承に危機感を抱いたのがきっかけだった」と振り返る。建築士会は建築産業界の中では“川上”に位置する団体だが、「職人がいなければ、われわれの図面は“画餅”であり、(設計に携わる)われわれが先導して取り組まなければとの思いだった」という。
インタビュー(調査)は会員57人の協力を得て行ったが、「調査した会員には大工さんもいれば、伝統建築や手仕事に関する知識のない若い設計者もいて、文章に起こすことはもちろん、何を聞き出せばいいかすら分からないという、そんな苦労をされた人も多かったようだ」と慮(おもんばか)る。
編集を進めるにつれ、重みを増していったテーマは「手仕事をどう考えるのか」ということだったという。例えば木挽(こびき)、畳、建具の職人。「斧と鋸で木を切り出していた仕事はチェーンソーに代わり、大工はプレカットになり、結果、肉体的なきつさは減り、生産性も上がった。確かに『早く安く』というのは時代の流れだが、家づくりは今や、プラモデルや一般消費物を購入する行為になってしまった。施主は自身の思い入れを持ってつくり上げるということがなくなったから、建築のことをほとんど知らない」。「安さ」が優先され、建築技術の進歩も相まって、作り手である職人も安く単調な作業で事足りるようになれば「外国人労働者」の採用へと流れていくのもグローバルな市場経済の論理だ。地場産業であった建築が地域と縁のないものになり、建築職人の存在も建築の技能も人々の脳裏から消えゆくのではという懸念をぬぐいきれない。
江戸時代中期に世界最高レベルにあったとされる日本の木造建築。「その高い水準だけは維持していくべきだ」と強調する。しかし、手仕事の職人がかかわるような建築へのニーズが減少し続けているのは事実。その中で、伝統工法を継承していくには「伝統工法を使いながら(付加価値のある)新しいことにチャレンジしていくことが不可欠ではないか」と提案する。
富山県建築士会専務理事 小林英俊さん |
本書を通じて「建築に携わる方々には、多様な職能が一体となって初めて建築はでき上がっていることを再認識してほしい。一般市民、特に若い人に建築というものづくりの魅力を知ってもらいたい」と訴える。
◆職人の記憶と建築技術・技能の変遷史
サブタイトルは「富山の住まいと街並みを造った職人たち」。大工や左官、建具、畳などの県内在住の建築職人約80人と専門職種の団体代表へのインタビューで構成している。道具や施工事例の写真なども織り交ぜ、約200ページにまとめている。職人へのヒアリングでは入職のきっかけや修業時代の苦労話、仕事への思い、技能・技術の変遷などを聞き出している。2012年に60周年を迎えた富山県建築士会が、創立記念事業として職人の現況や技能の伝承などの調査に着手。インタビューを重ねながら3年にわたり会報に連載してきた記事を冊子として再構成した。戦後の建築技術・技能の変遷史としても読むことができる。
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