2016/03/26

【学生リポート】LCC配慮のデザイン、難しさも実感 「高崎アリーナ」新築現場  前橋工科大・堂代千絵


 群馬県の商都で県内一の人口集積地でもある高崎市。その玄関口のJR東日本および上信電鉄の高崎駅にほど近い、新幹線と在来2線の近接地で「高崎アリーナ」の建設が急ピッチで進んでいる。工事名称は「高崎市新体育館建設工事」。事業主体は高崎市で、設計・監理を山下設計、施工を戸田建設が担当している。全容を現した同施設の建設現場を、前橋工科大学・堤研究室の学生10人が訪ねた。リポーターは堂代千絵さん(4年生)。

 高崎駅から徒歩10分圏内に、国際規格に対応した新しいスポーツの殿堂を整備する「高崎市新体育館建設工事」。高崎駅周辺に主要施設を集める、高崎市の都市集客施設整備事業の第1弾として鋭意建設中だ。
 見学前、建設現場にほど近い戸田建設の現場事務所で事業概要の説明をしていただいた。時間は1時間弱。発注者の高崎市と戸田建設がそれぞれ作成したパンフレットをもとに、プロジェクターを併用して敷地条件から現在の進捗状況まで、戸田建設の大窪哲雄統括所長はじめ幹部の方から詳しく説明していただいた。適宜質疑の時間も交えたことで、事前に現場や施設をイメージすることができた。


大窪統括所長の説明に耳を傾ける

 工事概要を頭に入れた上で、大窪統括所長を先頭に建設現場に向かう。最高高さ27.8mの大型施設が本日の見学場所だ。
 天候や時間帯にも恵まれ、当初は見学予定になかった屋根やメインアリーナの大空間を内部から見学することができた。

◆屋根のデザインに特徴

構台上から大屋根をうかがう

 メインアリーナには、運良く現場の休憩時間と重なり、内部まで入ることができた。大屋根鉄骨棟方を行っていた当日は、外周部に施工スペースがないため、アリーナ内部に設置された車両乗入構台上の大型クレーンにより作業が行われていた。50m超の大スパン鉄骨梁がむき出しの大規模空間は圧巻で、迫力があった。
 外観デザインの特徴は、のこぎり状のステンレスシートの屋根とその全体を覆うグラデーション張りの折板による流れるような透明感のあるシルエットであるが、そのうえで自然採光用のトップライトにより照明負荷の軽減が図られている点や、メンテナンス用の諸設備が設置されているのが興味深かった。大学では施設マネジメントなどを勉強、研究しており、施設の維持管理や長寿命化のためには、建設前からそれらを考慮するべきと感じることも多いため、今回ライフサイクルコスト(以下LCC)に関して社員の方から進んでご説明をいただいたことを嬉しく感じた。
 一方で、設計段階からLCCに配慮してデザインする難しさも理解できた。また、雨を滞留させない屋根の勾配や雪を積もらせないシート状の融雪装置に、高崎の風土に合った環境対策が感じられた。

◆三方が線路に接する
 JR高崎線、上信電鉄、上越・北陸新幹線に囲まれ、「駅や街をつなぐ動線」としての役割や「高崎のスポーツ活動発信」を目指す本施設は、市民にとっては利便性に優れるが、この独特の土地に施設を建設するため、施工者にとっては特別な注意が払われていた。

見学者の後方には新幹線高架

 鉄道隣接工事では、鉄道事業者と協議の上、線路軌道に影響を及ぼさない工法を選択し、協議・許可を得て工事に着手する必要がある。今回は約3カ月の協議を経て工事に着手したという。また、工事中に軌道の運行障害になるようなトラブルが発生した場合、直ちに列車停止措置を講じる必要があるため、毎日3-4人の列車見張員資格者が張り付いている。
 そのほか、土地環境や敷地を考慮し、地下躯体工事は車両乗り入れ構台上からのクレーン作業を行うのをはじめ、鉄道近接によるブレーキダストに対応した防錆・エイジング対策などを実施していた。
 これまでの生活や設計の授業では、駅近という立地を便利で人を呼びやすいという視点で見ることしかなかったが、その利便性のため、施工者は普段以上の注意や手間をかけていると知り驚いた。「使えれば良い」だけではなく、「使う人に喜んでもらいたい」がための最大限の努力に、何もないところから作り上げる建築の魅力を感じた。

◆風通しの良い現場環境
 建設現場は、複数の企業から社員や作業員などが集まり作業を行うため、情報共有にはことのほか努めていた。例えば、職長会の通称・高新会などを通じた「全員のコミュニケーションを密にして安全対策に取り組む」という戸田建設の元請企業としての思いが現場に根付いていた。見学中、大窪統括所長が作業員の方に声をかける姿に、普段からの風通しの良い現場環境が浮かぶ。
 現場見学後に改めて質疑応答の場を設けていただいた。そこでは現場のことだけでなく、職場の雰囲気や大学で勉強すべきこと、今後求められる人材など双方向での多岐にわたる質問や意見が交わされた。
 特に、現場監督として従事されている中野里美さんが、今後の目標として将来的に現場所長になり、出産後も仕事を続けたい、女性の地位を確立したいと言う姿に同じ女性として、またこれから社会人となる身として勇気と希望をいただいた。
 これまで教科書から想像するしかなかった現場が実際に音を立てて動いている様には、想像以上の迫力があった。また、過去の講義で工事現場に赴くことは幾度かあったものの、現場の声を聞き、現場の関係性を知ることができた今回の機会は、これまでよりも得るものが大きかった。
 その後、施設名称が「高崎アリーナ」に決定した。正式な名前も付いていない誕生前に、現場を見学させていただいた今回の機会に改めて感謝したい。

■研究室紹介 研究成果を実務につなげる(前橋工科大学工学部建築学科 堤洋樹准教授)
  前橋工科大学堤研究室では、建物の適切な管理による長寿命化を実現させるために、ソフト・ハードの両面から調査研究を行っている。研究対象は幅広く、木造住宅の非破壊検査手法から自治体の公共施設整備案策定まで、固定資産評価手法の検証から施設管理システムの構築まで、さらに近年は空き家の実態調査から活用提案まで実施している。
 また、当研究室では、自治体や企業との共同研究や業務支援等を積極的に行うことで、個々の学生の研究成果が実務にまでつながる機会をできるだけ多く提供できるよう意識している。今後も既存の建築(分野)にとらわれず、社会環境全体から建物管理のあり方を模索したい。

■参加者の声
秋葉芳さん(4年)
 特殊な条件の敷地に対して乗入れ構台や仮設踏切をはじめ、さまざまな解決策が集約された現場に魅了された。
 
井海航也さん(4年)
 建設にかかる多大な費用と努力を感じ、建築物の適切な管理による長期的利用の重要性を再認識した。 

堂代千絵さん(4年)
 毎日データを鉄道会社に報告するなど、安全面の考慮に驚いた。市民の利便性の裏には、現場の努力が詰まっているのだと感じた。

長井譲さん(4年)
 見学した現場はとても雰囲気がよく、安全管理のほか、さまざまなことが会話を通して対策されていることが印象に残った。

入澤良さん(3年)
 現場作業員間だけでなく、周囲の住人ともコミュニケーションをとることが大切だとわかった。

右井慎太郎さん(3年)
 建設する敷地は、2本の線路と住宅に囲まれ、狭い敷地であるが搬入経路を工夫して確保しており、印象に残った。

深野真亜留さん(3年)
 普段見ることのできない内部の納まりを見ることができて参考になった。安全に工事を進めるための危機管理の徹底に感動した。

水谷俊貴さん(3年)
 大規模な現場での企業間の関係性や一部施工工程を実際見学でき、普段では学べないことを体感できた。

門司裕介さん(3年)
 大規模な現場見学で、発生する騒音などへの配慮や鉄道線路横にあるがゆえの、発生するブレーキダストの対策に感動した。

山越郁也さん(3年)
 現場での動線確保や物の整とんが細かくされていたこと、事故事例などによる安全面への配慮が感じられた。

◆工事概要
□工事名称=高崎市新体育館建設工事
□所在地=群馬県高崎市下和田町四丁目2番1
□発注者=群馬県高崎市
□設計・監理=山下設計
□施工=戸田建設関東支店群馬営業所
□構造規模=地上3階(S)地下1階(RC一部SRC造)
□工事期間=(本体工事)2014年6月26日-2016年12月22日、(外構工事)2015年3月20日-2017年3月17日
□敷地面積=2万2220.30㎡
□建築面積=1万3178.72㎡
□延床面積=2万6322.94㎡
□建物最高高さ=27.8m
□主要用途=体育館(観覧場)
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